連載⑥二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科6.単眼の手がかりはじめに正常両眼視をもつ人が片眼を遮閉すると,日常の簡単な動作でもむずかしくなる.一方で,恒常性の斜視があり,眼科で行う両眼視機能検査の結果は不良でも,それほど不自由なく日常生活を送っている人がいる.これには二つの理由が考えられる.①両眼で得られる遠近感・奥行き感覚以外のなんらかの情報で見え方を補っている.②通常の立体視検査,いわゆる静的立体視検査では(?)だが,動きを伴う動的立体視検査では(+)で,なんらかの両眼視をもっている.この項では①について述べる.(79)単眼の手がかり(monocularcue)両眼で遠近感・奥行き感覚をつかむのは脳の高度な力であるが,物の大きさ・輪郭・影などの情報から単眼でも遠近感・奥行き感覚をつかむことができる.これらの情報を単眼の手がかりとよぶ1).代表的なものを紹介する.絵画的手がかり絵画や写真などでも奥行きを作り出すために利用されている.①大きさ(図1a,b)同じ大きさの物であれば近くにあるほど大きく,遠くにあるほど小さく見えることを利用して,物との距離をつかむ.網膜に映る像は,物の実際の大きさに比例し,距離に反比例することによる.網膜像∝物の大きさ/距離図1aで車・樹木は,近いほど網膜に映る像が大きいので大きく見える.遠く離れれば網膜像は小さくなり小さく見える.自分の感覚で把握している物の大きさを基準にして,網膜像の大きさから距離を推測できる.車・樹木が豆粒ほど小さく見えれば,かなり遠くにあることがわかる.まっすぐ延びる道では,手前ほど幅が広く,遠ざかるほど幅は狭く見えるので,見え方から道がどれほど遠くまで延びているか推測できる.図1b左図では上方ほど幅の狭くなる道と塀,段階的に小さくなるネコという単眼の手がかりから,遠くに延びる道沿いに座る3匹のネコと脳はとらえる.右図では3匹のネコの像の大きさは同じであり,道や塀の手がかりと一致しないため,遠くにいるネコほどより大きく感じられる.単眼の手がかりから脳内で構築される三次元空間にそぐわない情報があると判断を誤るように作用する.②輪郭(図1a)輪郭の完全な物ほど前方にある.家が2軒並んでいる.右側の家の輪郭は完全だが,左側の家の輪郭は右側の家によって一部遮られている.右側の家が前方にあり,左側の家が後方にあることがわかる.左側の家は,車により輪郭の一部が遮られ,車が家より前方にある.③影(図1c)ほとんどの場合に光は上から注ぎ,物体の下方が暗くなったり,地面に影を作ったりする.物体自身の陰,それが地面や床に作る影は,三次元的な形や地面からの距離や奥行きの情報を与えてくれる.④テクスチャー勾配(texturegradient)(図1d)テクスチャー(texture)とは,布の織りかたや生地の手触り感・触覚的あるいは視覚的な表面の感じ,材質からくる感じやきめを表す言葉である.視覚科学では,表面の凹凸やパターン模様の繰り返しなども含め,やや広い意味で使われる.同じ大きさの物が均等の間隔で前後左右に並ぶとき,遠く離れるほど物は小さく間隔も狭くなっていくように見える.これをテクスチャー勾配とよぶ2).図1dは碁盤模様のテクスチャー勾配が奥行き感覚を作り出し,ボールの遠近感を強めている.運動の手がかり網膜に映る物体の像の動きから得られる情報である.・運動視差(motionparallax)2)顔を水平に動かして眼の位置が移動するとき,網膜に映る像も移動する.前後で起こる網膜像の変化を使って単眼でも奥行き感をつかむことができる.眼の移動前後の網膜像のずれを運動視差とよぶ.電車の窓から外の景色を見るときにも運動視差が生じるが,ここでは身近に体験できる例をあげる(図2).左眼を遮閉して右眼で見るときに5本の鉛筆が前後一直線に並んでいるとする.中央の鉛筆を固視しながら顔を右側に平行移動させる.右眼も右側に移動する.固視点より遠方の鉛筆は移動と同側の右に動く.遠くにある鉛筆ほど大きく動く.固視点より近くの鉛筆は反対側の左に動く.動きが大きいほど固視点との距離が大きいと判断できる.網膜像が中心窩から動くためである.おわりにこれらの「単眼の手がかり」を私たちはほとんど無意識に,まるで生来もっていた力のように使っているが,実は生後獲得した力である.先天性白内障や角膜混濁など中間透光体の異常で視覚を遮断された状態で育ち,大人になってから光が網膜に届くよう手術を受けた人々を対象に行った1980年代の研究記録がある3).これを読むと,「単眼の手がかり」も平面的あるいは立体的な形をとらえる視覚能力と同じように後天的に獲得されたものであることがわかる.文献1)藤田一郎:片目だってなかなかやる.脳がつくる3D世界.立体視のなぞとしくみ,p28-64,化学同人,20152)鈴木光太郎:奥行きをとらえる.動物は世界をどう見るか,p193-214,新曜社,19953)鳥居修晃・望月登志子:視知覚の形成1開眼手術後の定位と弁別.培風館,1992a.大きさ・輪郭・同じ大きさの物は小さく見えるほど遠くに,大きく見えるほど近くにある.(樹木・車)・道路は狭く見えるほど遠くに,太く見えるほど近くにある.・輪郭の完全な物ほど前方にある.右の家が左の家より前方にある.車は家より前方にある.b.大きさ・同じ大きさの物ならば,小さく見えるほど遠くにあるように感じる.・遠くにあるのに大きさが変わらないと,より大きく感じる.c.影・ボール2はボール1より高く浮くように見える.・ボール3はボール2より奥にあり,2より低く浮くように見える.d.テクスチャー勾配・碁盤模様の底面と垂直面がテクスチャー勾配を作り出している.図1単眼の手がかり(79)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161617・固視点より遠い物は眼の移動と同側に動く・固視点より近い物は眼の移動と反対側に動く・固視点からの距離が大きいほど動きも大きい図2運動視差(motionparallax)片眼で中央の黒鉛筆を固視黒鉛筆を固視しながら眼を水平に右に移動1618あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(80)