特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):339.348,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):339.348,2015糖尿病治療と糖尿病合併症治療戦略TreatmentStrategiesforDiabetesandDiabetes-RelatedComplications木下博之*荒木栄一*I病態に応じた糖尿病治療糖尿病治療の最終的な目標は,合併症の発症・進展を予防し,糖尿病患者の生命予後や生活の質(qualityoflife:QOL)を向上させることである.現在,わが国で使用できる経口糖尿病薬は,インスリン抵抗性改善系のビグアナイド薬,チアゾリジン薬,インスリン分泌促進系のスルホニル尿素薬(SU薬),速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬),DPP-4阻害薬,糖の吸収・排泄調節系のa-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI),SGLT2阻害薬に分類される(図1).注射薬はインスリン製剤,GLP-1受容体作動薬の2つがある.実臨床では,糖尿病の病態だけでなく,糖尿病のコントロール状態,基礎疾患,合併症の程度,年齢,アドヒアランス,社会的背景,薬剤の価格などさまざまな点を考慮して薬剤を選択する必要がある1).1.経口糖尿病薬2型糖尿病の病態は,患者の遺伝的背景,生活習慣,糖尿病罹病期間,糖尿病治療歴などにより大きく異なる.しかし,いずれの病態においても生活習慣の是正を優先することが必須である.それでも糖代謝異常の改善が不十分な場合に,糖尿病の病態を踏まえたうえで,病態を標的とした経口糖尿病薬を選択することが推奨される.日本糖尿病学会編・著『糖尿病治療ガイド』による,現在上市されている経口糖尿病薬の病態に応じた使い分けの概略(図1,2),各内服薬の作用部位を示す(図3).a.ビグアナイド薬ビグアナイド薬の血糖低下作用の機序として,肝臓におけるインスリン抵抗性改善と糖新生の抑制がおもな作用と考えられている.また,骨格筋のブドウ糖取り込みや利用が増強することも報告されており,インスリン様作用,またはインスリン感受性増強作用を介して抗糖尿病作用を発揮すると考えられている.作用機序から,インスリン抵抗性を有する2型糖尿病症例によい適応であると考えられ,近年行われた臨床試験で肥満症例・非肥満症例いずれにおいても有効であることが示された.b.チアゾリジン誘導体肥満により肥大した脂肪細胞からはFFAやTNF-aが大量に産生・分泌され,骨格筋や肝臓でのインスリンシグナル伝達を阻害し,さらに,アディポネクチンの分泌低下が起こることでインスリン抵抗性を惹起すると考えられている.チアゾリジン薬は,脂肪細胞から分泌されるアディポカイン分泌の正常化を介して,末梢組織でのインスリン感受性の改善や糖取り込みを促進することで血糖降下作用を発揮する.チアゾリジン薬は肥満やインスリン抵抗性を有する2型糖尿病患者が適応であり,わが国での市販後調査でも,BMIが増大するに従い血糖降下作用が増強することが報告されている.c.SU薬とグリニド薬膵b細胞に作用してインスリン分泌を促すことによ*HiroyukiKinoshita&*EiichiAraki:熊本大学医学部附属病院代謝・内分泌内科〔別刷請求先〕木下博之:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学医学部附属病院代謝・内分泌内科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(29)339ビグアナイド薬肝臓での糖新生の抑制チアゾリジン薬骨格筋・肝臓でのインスリン感受性の改善DPP-4阻害薬血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制スルホニル尿素薬(SU薬)インスリン分泌の促進速効型インスリン分泌促進薬:グリニド薬より速やかなインスリン分泌の促進・食後高血糖の改善a-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI)炭水化物の吸収遅延・食後高血糖の改善SGLT2阻害薬腎での再吸収阻害による尿中ブドウ糖排泄促進インスリン抵抗性増大インスリン分泌能低下インスリン作用不足食後高血糖空腹時高血糖2型糖尿病の病態経口血糖降下薬種類機序主な作用インスリン抵抗性改善系インスリン分泌促進系糖の吸収・排泄調節系高血糖糖毒性ビグアナイド薬肝臓での糖新生の抑制チアゾリジン薬骨格筋・肝臓でのインスリン感受性の改善DPP-4阻害薬血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制スルホニル尿素薬(SU薬)インスリン分泌の促進速効型インスリン分泌促進薬:グリニド薬より速やかなインスリン分泌の促進・食後高血糖の改善a-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI)炭水化物の吸収遅延・食後高血糖の改善SGLT2阻害薬腎での再吸収阻害による尿中ブドウ糖排泄促進インスリン抵抗性増大インスリン分泌能低下インスリン作用不足食後高血糖空腹時高血糖2型糖尿病の病態経口血糖降下薬種類機序主な作用インスリン抵抗性改善系インスリン分泌促進系糖の吸収・排泄調節系高血糖糖毒性図1病態に合わせた経口血糖降下薬の選択(文献1より引用・改変)り抗糖尿病効果を発揮する薬剤であり,SU薬と速効型インスリン分泌促進薬に分類される.インスリン分泌促進薬が膵b細胞のSU受容体(SUR1)に結合すると,グルコース濃度に関係なく,ATP依存性K+チャネル(KATP)が閉鎖し,細胞膜が脱分極する.これにより,電位依存性Ca2+チャネルが開口し,Ca2+が細胞内に流入すると,インスリン分泌顆粒の開口放出反応を引き起こし,血管内にインスリンが分泌される.一般的には,インスリン分泌の低下した2型糖尿病患者がよい適応となる.d.DPP.4阻害薬DPP-4阻害薬は,小腸粘膜に局在する細胞から栄養素の刺激によって分泌され,膵b細胞からのインスリン分泌を促進する活性型GLP-1の血中濃度を高め,血糖低下作用を発揮する.GLP-1の血糖降下作用は,血糖依存性のインスリン分泌促進作用と膵a細胞からのグルカゴン分泌抑制作用が主とされるが,その他にも肝340あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015臓での糖新生抑制や脂肪組織でのインスリン感受性の改善など多くの膵外作用が報告されている日本人2型糖尿病のインスリン分泌能は低下していることが多く,DPP-4阻害薬は血糖依存性にインスリン分泌を促し,日内血糖変動を改善させることが期待され,また単独では低血糖をきたしにくい特徴をもつため第一選択薬となりうる.e.a.グルコシダーゼ阻害薬でんぷんやショ(蔗)糖などの消化の最終段階では,オリゴ糖や二糖を単糖に分解する酵素を総称してaグルコシダーゼと呼ぶ.a-グルコシダーゼ阻害薬が小腸内でaグルコシダーゼ活性を阻害し,糖質の吸収を遅延させ食後の血糖上昇を抑制する.その作用機序から考えて食後高血糖を呈する糖尿病患者へ適応となる.また,1型糖尿病患者に対しても,インスリンとの併用により食後血糖上昇が抑制されることが報告されており,添付文書上で唯一使用が2型糖尿病に限定されていない(30)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015341(31)SGLT2は腎臓においてグルコースの再吸収に関与している.通常約180gのグルコースが糸球体で濾過されるが,そのうち約90%が近位尿細管のSGLT2により,約10%が遠位尿細管のSGLT1により再吸収される.2型糖尿病患者では,SGLT2の発現が亢進しておりグルコースの再吸収が増加している.高血糖状態において経口糖尿病薬である.f.SGLT2阻害薬わが国では2014年4月に市場に登場した新規作用機序を有する薬剤である.SGLTは,濃度勾配に逆らってグルコースを輸送する輸送担体であり,SGLT1.SGLT6の6種類のアイソフォームがある.SGLT1と血糖コントロール目標は,患者の年齢や病態などを考慮して患者ごとに設定する.l図2インスリン非依存状態の治療(文献1より引用・改変)血糖コントロール目標は,患者の年齢や病態などを考慮して患者ごとに設定する.l図2インスリン非依存状態の治療(文献1より引用・改変)SGLT2阻害薬GlycogenStorageInsulin(I)I↑I↑SGLT2Fat消化管膵臓肝臓筋肉血管系吸収門脈インスリン分泌促進・血糖依存性のインスリン分泌促進・グルカゴン分泌抑制糖取り込み促進・糖取り込み促進・糖新生抑制ビグアナイド薬アディポサイトカインチアゾリジン薬a-グルコシダーゼ阻害薬炭水化物の吸収遅延DPP-4阻害薬尿糖の増加腎尿細管における糖再吸収阻害脂肪組織スルホニル尿素薬速効型インスリン分泌促進薬分泌の正常化図3経口糖尿病薬の主な標的臓器と作用機序SGLT2阻害薬はグルコース再吸収閾値を低下させ,グルコース排泄を促進させ血糖を低下させることで作用を発揮する.使用については2014年8月に「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」が公表されており,内容に鑑みて若年で合併症や併発症を有さない肥満2型糖尿病患者がよい適応であると考えられる.2.注射薬以上,経口血糖降下薬について述べてきたが,ここに示すインスリン製剤,GLP-1受容体作動薬も糖尿病治療薬として重要な位置を占めている.近年では,2型糖尿病患者において早い段階でインスリン治療を導入することで,膵b細胞保護効果を示すとされており,また,GLP-1受容体作動薬と基礎インスリンの併用も保険適用で認められ,さらなる治療の組み合わせが示されつつある.a.インスリン製剤現在,わが国では超速効型製剤,速効型製剤,中間型製剤,混合型製剤,持効型製剤が使用されており,さまざまな注射法が提示されている.ここではインスリン使用の適応について述べる.インスリン療法の絶対的適応は,①インスリン依存状態,②侵襲性の高い手術・重度外傷時,③妊娠合併例,④糖尿病昏睡,⑤重症感染症,⑥重度の肝機能・腎機能障害などである.インスリン依存状態とは1型糖尿病,および2型糖尿病であってもインスリン分泌が枯渇し容易にケトーシスに至る患者を含む.通常はインスリン依存状態の患者においては頻回注射による強化インスリン療法を行う.インスリン療法の相対的適応は,①インスリン非依存状態であっても著明な高血糖(空腹時250mg/dl以上,随時血糖350ml/dl以上)の場合,②経口薬で良好な血糖コントロールが得られない場合,③やせ型で栄養状態が低下している場合,④ステロイド治療時に高血糖を認める場合などである.いずれにおいても早い段階でインスリン治療を開始することにより速やかに状態の安定が見込めるためインスリン療法の導入が望ましい.342あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(32)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015343(33)2.慢性合併症長時間持続する高血糖・脂質異常を含む代謝障害と,高血圧などの血管障害因子によって起こる全身の血管を中心とした組織の変性・機能喪失である.全身のあらゆる臓器に起こり得るが,細小血管合併症である糖尿病網膜症,糖尿病腎症および糖尿病神経障害と,大血管合併症である冠動脈疾患,脳血管障害および末梢動脈疾患に分類され,さらに糖尿病足病変などもある.いずれの合併症も患者のQOLを著しく損ね,生命予後を脅かす.これら血管合併症の成因として高血糖が密接に関与しており,食事・運動量および薬物療法を行い,血糖コントロールを良好に保つことで進行を抑制することができる.a.糖尿病網膜症網膜症は長期間累積した高血糖に伴う代謝異常やサイトカインの発現異常により,血管壁構成細胞(内皮細胞,周皮細胞)や血液性状の変化をきたし,網膜細小血管が障害される疾患である.糖尿病網膜症は,①単純網膜症,②増殖前網膜症,③増殖網膜症に分類され,①では毛細血管瘤・斑状出血などを認める.②では網膜内の血管閉塞による虚血性変化を伴う血管異常(網膜内細小血管異常)を認める.③は虚血性変化による血管新生因子の放出により新生血管が出現する.各分類は血管透過性亢進,血管閉塞,血管新生の3つの主要病態に対応している.管理として①は血糖コントロール,高血圧の加療など内科的治療を行う.それにより②,③への進行を阻止または抑制することができる.②以降には眼科医を含めた治療が必須である.増殖前網膜症,早期の増殖網膜症の時点で,失明予防の観点から光凝固療法を行うことにより網膜症の進行を遅らせることができる.硝子体出血と網膜.離は硝子体手術で対応する.また,黄斑部浮腫は著しい視力低下をもたらすが,単純網膜症の時期にも起こりうるため注意が必要である.原則的には眼科医の定期診察が必要である.受診期間は以下が目安となる.・正常から単純網膜症の初期までは……..1回/年・単純網膜症の中期(斑状出血,少数の軟性白斑)以降は……………………..1回/3.6カ月b.GLP.1受容体作動薬GLP-1受容体作動薬は膵b細胞に作用してグルコース依存性のインスリン分泌症を増幅し,血糖降下作用をもたらす.また,グルコース依存性にグルカゴン抑制効果も認める.GLP-1受容体は脳,心臓,腎臓,消化管など広範囲に発現しており,広く膵外作用を有している.このうち,中枢神経系や消化管への作用で,食欲を抑制したり胃排泄を遅延させたりすることで,体重減少効果があり,これらの作用はGLP-1受容体作動薬の食後血糖改善効果の一端を担っていると考えられる.II糖尿病合併症の定義糖尿病合併症は,「糖尿病の病態に起因して発症する疾患,または糖尿病治療に起因して発症する疾患」と解釈され,大きく分けて,急性合併症,慢性合併症,治療による合併症に分類される.この章では急性合併症,慢性合併症について述べる.1.急性合併症急性合併症には糖尿病性ケトアシドーシス,高浸透圧高血糖症候群があり,その病態の根幹は高度のインスリン作用不足による高血糖と脱水である.糖尿病ケトアシドーシスは1型糖尿病の発症時,インスリン注射の中断や感染・外傷の併発が原因になり得る.高浸透圧高血糖症候群は高齢の2型糖尿病患者に多く,感染症・脳血管障害・外科手術・高カロリー輸液・利尿薬やステロイド薬服用などを契機に脱水をきたし発症する.いずれの疾患も初期治療は十分な輸液と電解質の補正およびインスリンの適切な投与である.体重より大まかな脱水の程度を推定し,生理食塩水(500.1,000ml/時)を開始する.同時にインスリン少量持続療法を0.1単位/kg静注後,0.1単位/kg体重/時の速度でポンプを用いて静脈内持続注入する.専門医のいる医療機関への移送はできるだけ速やかに行うのが望ましく,その際にはそれまでの輸液とインスリン治療の内容を紹介状に記載しておく.344あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(34)な管理,レニン-アンギオテンシン系の抑制と食事療法である.血糖コントロールの目標値はHbA1c7.0%未満とすることが推奨されている.近年発表されたADVANCE(ActioninDiabetesandVascularDis-ease:PreteraxandDiamicronModifiedReleaseCon-trolledEvaluation)試験では,さらに厳格に血糖をコントロールすることにより,腎症の発症・進展を抑制できる可能性が示されている.腎症の発症進展を予防するためには可能な限り厳格な血糖コントロールをめざすべきであるが,腎機能が高度に低下した患者では,インスリン使用量が減少し,低血糖をきたしやすくなるため注意が必要である.降圧の目標値は,後述するように130/80mmHg未満とするのが望ましいが,高齢者や他の血管合併症をもつ患者では,急激な血圧変化を避ける必要がある.腎症における降圧薬の第一選択はACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬かARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)であり,全身の降圧作用以外に,輸出細動脈を拡張することにより糸球体内圧が低下し蛋白尿が減少する.脂質低下療法にはスタチンとフィブラート系薬が使用されるが,腎機能低下患者に使用する際には横紋筋融解症に対する十分な注意が必要であり,フィブラート系薬は腎不全患者,透析患者には慎重投与ないしは禁忌となる.食事療法の基本は蛋白質制限であり,1型糖尿病患者では,0.6g/kg/日の低蛋白食にすることで腎機能の低下を抑制できるとする研究結果が報告されている.2型糖尿病患者における蛋白制限食の有効性に関しては,短期間の研究しか報告されておらず,現在のところは有効なエビデンスが得られていない.厚生労働省糖尿病調査研究班による食事療法指導基準では,2期で1.0.1.2g/kg/日,3期で0.8.1.0g/kg/日を推奨している.c.糖尿病神経障害糖尿病神経障害の発症には,①末梢神経代謝異常と②神経栄養血管の変化による神経組織の血流低下や慢性的低酸素状態がかかわると考えられる.前者では,過剰の糖分が代謝されフルクトースやソルビトースが蓄積して神経線維を傷害するポリオール経路亢進説や,フリーラジカル,脂質代謝異常などが問題になっている.・増殖前網膜症以降は状態により….1回/1.2カ月血糖コントロールが網膜症の発症・進展を抑制することは,ウィスコンシン糖尿病網膜症疫学研究(WESDR)にて示された2).これは,米国で10年間の追跡を行った試験で,糖尿病発症時30歳未満(1型糖尿病に相当)と,30歳以上の患者(2型糖尿病に相当)を対象にHbA1c,眼底写真の網膜症の状態を評価した試験で,HbA1c上位1/4群は下位1/4群よりも網膜症の進展を認め,他のリスクを補正しても全グループで有意であった.また,UKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)3)の強化療法群,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満の患者で,糖尿病網膜症進展が有意に抑制されたと報告されている.b.糖尿病腎症糖尿病腎症の成因として,高血糖に伴う細胞内代謝異常や,糸球体高血圧,糸球体過剰濾過などの機能的異常が生じ,その結果として細胞外基質の増加・蓄積,メサンギウム領域の増生,拡大などの器質的異常がもたらされると考えられている.その進展機序には複数の経路が想定されており,①グリケーション,②酸化ストレス,③ポリオール代謝異常,④proteinkinaseC(PKC)の活性化,⑤マクロファージの浸潤や細胞増殖因子,サイトカインの発現増強,⑥レニン-アンギオテンシン系の変化などが,単独あるいは相互に作用し腎臓に機能的および組織学的異常を惹起すると考えられる.糖尿病腎症は糖尿病が発症してから5.10年で発症し,糸球体濾過量(GER:eGFRで代用する)と尿中アルブミン排泄量(UAE)によって第1期.第5期に病期分類される.2013年の腎症合同委員会報告により腎症病期分類が下記のように改訂された4).1期:腎症前期eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE30ml/分/1.73m2未満2期:早期腎症eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE30.299ml/分/1.73m23期:顕性腎症eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE300ml/分/1.73m2以上4期:腎不全期eGFR30ml/分/1.73m2未満5期:透析期透析療法中糖尿病腎症の治療の基本は,血糖・血圧・脂質の厳格あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015345(35)二大病型として,1)四肢に対称性に生じる多発神経障害(diabeticpolyneuropathy:DPN)と,2).非対称性に生じる単神経障害(diabeticmononeuropathy:DMN)がある.1)多発神経障害(DPN)発症様式は,臨床的に下肢末端から症状が始まり,足の障害が手の障害より著しく強い.変性は緩徐に進行し,症状はほぼ左右均一である.進行期の主病理像は神経線維の著しい減少で,高度障害例では足首部より遠位の神経線維が失われる.2)単神経障害(BMN)単神経障害は末梢神経が急激かつ限局的に障害される病型で,障害神経ごとに異なる病状が生まれる.糖尿病性眼筋麻痺の発症率は糖尿病患者の数%程度と少ないものの急激な発症が特徴的である.眼窩周囲の鈍痛が先行する外眼筋神経麻痺がもっとも多いが,動眼神経麻痺でも多くの例で瞳孔機能が保持され,この点が圧迫性動眼神経麻痺との重要な鑑別点となる.発症当初は重篤でも,数カ月で軽快する比較的良性の障害が多い.糖尿病神経障害のなかでも皮膚の違和感,痛みを中心とした有痛性神経障害は患者のQOLを大きく損ない,症状のコントロールに苦慮することがある.選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチン(サインバルタR)は日本の臨床試験において,有効性が明らかとなり神経障害性疼痛に対する適応が認められている.また,プレガバリン(リリカR)は,複数の第3相臨床試験で神経障害性疼痛に対する有効性と安全性が確認されており,多くの欧米諸国で糖尿病性神経障害に伴う疼痛に対する第一選択薬として用いられている.d.大血管合併症1)脳血管障害脳血管障害の病型はアテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性梗塞に分かれるが,いずれのタイプでも糖尿病が危険因子として注目されている.この中でも糖尿病がもっとも関係するのはアテローム血栓性脳梗塞である.世界各地で行われたコホート研究では,ばらつきはあるものの糖尿病によって脳梗塞のリスクが2.5倍上昇し,その関連は女性で強い傾向にあることがうかがえる.その一方で,近年では,糖尿病の既往がなくても脳卒中急性期患者の25%が高血糖状態あるいは耐糖能異常を呈するとの臨床報告がなされた.急性期の高血糖は梗塞巣拡大や転帰不良の危険因子と考えられているが,脳卒中ガイドラインでは急性期治療における血糖管理についての記載はない.急性期治療は超急性期とそれ以外の急性期に分かれるが,糖尿病はいずれの場合も関与している可能性がある.2)冠動脈疾患糖尿病は冠動脈疾患の独立した危険因子であり,冠動脈疾患は成人糖尿病の死亡の第一位を占め,非糖尿病患者の約3倍といわれている.糖尿病に合併した冠動脈疾患の特徴として,いくつかの事項があげられている.それらは,①無痛性の心筋梗塞が多い,②心筋梗塞急性期にはポンプ失調合併が多く死亡率が高い,③冠動脈疾患の長期予後が不良である,④無症候性心筋虚血が多い,⑤びまん性・末梢性冠動脈病変が多く,しばしば冠血行再建が困難である,などである.治療方針としては,安定した狭心症か急性冠症候群かを決定し,冠攣縮性狭心症の場合は薬物療法が選択される.急性冠症候群の場合は入院治療を原則とし,緊急あるいは待機的に冠動脈造影を行い,1枝病変なら薬物療法か冠動脈インターベンション(PCI),2枝病変ならPCIか冠動脈バイパス術,3枝病変・左主幹病変なら冠動脈バイパス術が選択される.III糖尿病合併症抑制のための糖尿病治療1.血糖管理の目標~熊本宣言2013日本糖尿病学会は,2013年6月1日より血糖コントロールの主要な目標値を「HbA1c(NGSP)7.0%未満」とすることを,熊本市で開催された第56回日本糖尿病学会年次学術集会で「熊本宣言2013」として発表した(図4).熊本宣言で示されたHbA1c7.0%未満の根拠として,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満,空腹時血糖値110mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満では糖尿病網膜症,糖尿病腎症の増悪が抑制されたこと(図5)5),DCCT(DiabetesControlandComplica-1)多発神経障害(DPN)発症様式は,臨床的に下肢末端から症状が始まり,足の障害が手の障害より著しく強い.変性は緩徐に進行し,症状はほぼ左右均一である.進行期の主病理像は神経線維の著しい減少で,高度障害例では足首部より遠位の神経線維が失われる.2)単神経障害(BMN)単神経障害は末梢神経が急激かつ限局的に障害される病型で,障害神経ごとに異なる病状が生まれる.糖尿病性眼筋麻痺の発症率は糖尿病患者の数%程度と少ないものの急激な発症が特徴的である.眼窩周囲の鈍痛が先行する外眼筋神経麻痺がもっとも多いが,動眼神経麻痺でも多くの例で瞳孔機能が保持され,この点が圧迫性動眼神経麻痺との重要な鑑別点となる.発症当初は重篤でも,数カ月で軽快する比較的良性の障害が多い.糖尿病神経障害のなかでも皮膚の違和感,痛みを中心とした有痛性神経障害は患者のQOLを大きく損ない,症状のコントロールに苦慮することがある.選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチン(サインバルタR)は日本の臨床試験において,有効性が明らかとなり神経障害性疼痛に対する適応が認められている.また,プレガバリン(リリカR)は,複数の第3相臨床試験で神経障害性疼痛に対する有効性と安全性が確認されており,多くの欧米諸国で糖尿病性神経障害に伴う疼痛に対する第一選択薬として用いられている.d.大血管合併症1)脳血管障害脳血管障害の病型はアテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性梗塞に分かれるが,いずれのタイプでも糖尿病が危険因子として注目されている.この中でも糖尿病がもっとも関係するのはアテローム血栓性脳梗塞である.世界各地で行われたコホート研究では,ばらつきはあるものの糖尿病によって脳梗塞のリスクが2.5倍上昇し,その関連は女性で強い傾向にあることがうかがえ(35)る.その一方で,近年では,糖尿病の既往がなくても脳卒中急性期患者の25%が高血糖状態あるいは耐糖能異常を呈するとの臨床報告がなされた.急性期の高血糖は梗塞巣拡大や転帰不良の危険因子と考えられているが,脳卒中ガイドラインでは急性期治療における血糖管理についての記載はない.急性期治療は超急性期とそれ以外の急性期に分かれるが,糖尿病はいずれの場合も関与している可能性がある.2)冠動脈疾患糖尿病は冠動脈疾患の独立した危険因子であり,冠動脈疾患は成人糖尿病の死亡の第一位を占め,非糖尿病患者の約3倍といわれている.糖尿病に合併した冠動脈疾患の特徴として,いくつかの事項があげられている.それらは,①無痛性の心筋梗塞が多い,②心筋梗塞急性期にはポンプ失調合併が多く死亡率が高い,③冠動脈疾患の長期予後が不良である,④無症候性心筋虚血が多い,⑤びまん性・末梢性冠動脈病変が多く,しばしば冠血行再建が困難である,などである.治療方針としては,安定した狭心症か急性冠症候群かを決定し,冠攣縮性狭心症の場合は薬物療法が選択される.急性冠症候群の場合は入院治療を原則とし,緊急あるいは待機的に冠動脈造影を行い,1枝病変なら薬物療法か冠動脈インターベンション(PCI),2枝病変ならPCIか冠動脈バイパス術,3枝病変・左主幹病変なら冠動脈バイパス術が選択される.III糖尿病合併症抑制のための糖尿病治療1.血糖管理の目標~熊本宣言2013日本糖尿病学会は,2013年6月1日より血糖コントロールの主要な目標値を「HbA1c(NGSP)7.0%未満」とすることを,熊本市で開催された第56回日本糖尿病学会年次学術集会で「熊本宣言2013」として発表した(図4).熊本宣言で示されたHbA1c7.0%未満の根拠として,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満,空腹時血糖値110mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満では糖尿病網膜症,糖尿病腎症の増悪が抑制されたこと(図5)5),DCCT(DiabetesControlandComplicaあたらしい眼科Vol.32,No.3,2015345コントロール目標値注4)目標血糖正常化を目指す際の目標注1)注2)注3)合併症予防のための目標治療強化が困難な際の目標HbA1c(%)6.0未満7.0未満8.0未満治療目標は年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖の危険性,サポート体制などを考慮して個別に設定する.注1)適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合,または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする.注2)合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする.対応する血糖値としては,空腹時血糖値130mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満をおおよその目安とする.注3)低血糖などの副作用,その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする.注4)いずれも成人に対しての目標値であり,また妊娠例は除くものとする.図4新しい血糖コントロール目標(熊本宣言2013)(文献1より引用・改変)コントロール目標値注4)目標血糖正常化を目指す際の目標注1)注2)注3)合併症予防のための目標治療強化が困難な際の目標HbA1c(%)6.0未満7.0未満8.0未満治療目標は年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖の危険性,サポート体制などを考慮して個別に設定する.注1)適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合,または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする.注2)合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする.対応する血糖値としては,空腹時血糖値130mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満をおおよその目安とする.注3)低血糖などの副作用,その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする.注4)いずれも成人に対しての目標値であり,また妊娠例は除くものとする.図4新しい血糖コントロール目標(熊本宣言2013)(文献1より引用・改変)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015347(37)16141210864201614121086420(%)(%)網膜症腎症5678910115678910112001801601401201008020018016014012010080300260220180140300260220180140HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)図5血糖コントロールと網膜症・腎症悪化率の関係(文献5より引用・改変)HbA1c6.9%(NGSP),空腹時血糖値110mg/dl,食後2時間血糖値180mg/dl未満では網膜症・腎症の悪化は認めなかった.RelativeriskHbA1c(%)051015206789101112網膜症の進行アルブミン尿への進行300mg/day症候性神経障害の発症マイクロアルブミン尿の出現40mg/day図6DCCT:血糖コントロール状態と糖尿病合併症悪化率の関係細小血管合併症は血糖値に依存して発症・進展する.HbA1cエビデンス・臨床的意味8.0虚弱高齢者や余命が5年以下と推定される高齢者の目標値(アメリカ老年病学会)7.0DCCT,Kumamotostudy,UKPDSなどで示された細小血管症抑制のエビデンスがある数値6.5空腹時血糖値126mg/dl,OGTT2時間値200mg/dlに相当し,網膜症の有意な増加が認められる数値(診断基準の指標のひとつ)6.0空腹時血糖値110mg/dlに相当する数値(OGTTが強く推奨されるカットオフ値)5.6空腹時血糖値100mg/dlに相当する数値(OGTTが推奨されるカットオフ値)(日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づくガイドライン2013,p21-30より引用・改変)表1HbA1c値のエビデンスとその臨床的意味16141210864201614121086420(%)(%)網膜症腎症5678910115678910112001801601401201008020018016014012010080300260220180140300260220180140HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)図5血糖コントロールと網膜症・腎症悪化率の関係(文献5より引用・改変)HbA1c6.9%(NGSP),空腹時血糖値110mg/dl,食後2時間血糖値180mg/dl未満では網膜症・腎症の悪化は認めなかった.RelativeriskHbA1c(%)051015206789101112網膜症の進行アルブミン尿への進行300mg/day症候性神経障害の発症マイクロアルブミン尿の出現40mg/day図6DCCT:血糖コントロール状態と糖尿病合併症悪化率の関係細小血管合併症は血糖値に依存して発症・進展する.HbA1cエビデンス・臨床的意味8.0虚弱高齢者や余命が5年以下と推定される高齢者の目標値(アメリカ老年病学会)7.0DCCT,Kumamotostudy,UKPDSなどで示された細小血管症抑制のエビデンスがある数値6.5空腹時血糖値126mg/dl,OGTT2時間値200mg/dlに相当し,網膜症の有意な増加が認められる数値(診断基準の指標のひとつ)6.0空腹時血糖値110mg/dlに相当する数値(OGTTが強く推奨されるカットオフ値)5.6空腹時血糖値100mg/dlに相当する数値(OGTTが推奨されるカットオフ値)(日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づくガイドライン2013,p21-30より引用・改変)表1HbA1c値のエビデンスとその臨床的意味–