腸内細菌叢をターゲットとしたぶどう膜炎治療の現状RecentAdvancementinUveitisTreatmentTargetingtheGutMicrobiome山名智志*園田康平*はじめに虹彩,毛様体,脈絡膜は総称でぶどう膜とよばれ,炎症の主座となりやすい.これらの部位に炎症を生じるぶどう膜炎では,周囲への炎症波及による網膜,視神経などの障害で視力低下をきたす.フォークト・小柳・原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH病),サルコイドーシス,Behcet病などの自己免疫性ぶどう膜炎はぶどう膜炎原因疾患の上位を占め,これまでヒトや動物を対象とした研究によって自己反応性の病原性CT細胞の関与が示されているものの,その発症メカニズムは未だ完全には解明されていない.これらの疾患に対してはステロイドや免疫抑制薬,生物学的製剤による治療が行われるが,治療が奏効せず炎症が遷延化する患者も少なくない.このような患者は,治療薬剤による緑内障や白内障といった眼局所の副作用だけでなく,感染症,骨粗鬆症,糖尿病など全身の副作用も出現し,対応に難渋することもあり,これら既存治療抵抗性の患者に対する新たな治療法の開発が必要となっている.近年,新たな治療標的として腸内細菌叢が注目されている.腸内細菌は約C1,000種,40兆個以上存在するといわれており,これらはヒトの体に共生し,消化吸収の促進,免疫系の調節,ビタミンやアミノ酸の合成,病原体からの保護などさまざまな影響を与え,人体に不可欠であると考えられている.これまで腸内細菌叢は,炎症性腸疾患はもちろん,糖尿病,肥満症,自己免疫疾患など種々の疾患に関与し,疾患の発症のみならず疾患の改善にも寄与することが報告されている1).本稿ではぶどう膜炎と腸内細菌叢のかかわりについて,また治療への応用の可能性について自施設での実験結果も交えて概説する.CIぶどう膜炎と腸内細菌叢近年ヒトの研究において,VKHやCBehcet病,急性前部ぶどう膜炎において腸内細菌叢の病態への関与が報告されている2).それによると,VKHやCBehcet病では炎症を抑制する制御性CT細胞を誘導する短鎖脂肪酸の一つである酪酸を産生する細菌が減少していた.さらに抗菌薬投与により腸内細菌叢を除去したマウスにCVKH患者やCBehcet病患者の便を経口的に移植し自己免疫性ぶどう膜炎を誘導すると,ぶどう膜炎が増悪することが報告されている.急性前部ぶどう膜炎では,腸内細菌叢の組成に変化はなかったものの,糞便中の代謝物に違いがあることが報告されている.また,HLA-B27陽性の代表的疾患である強直性脊椎炎で腸管透過性が亢進していること,HLA-B27関連関節炎で関節の滑液中から細菌の代謝物が検出されたことから,HLA-B27陽性急性前部ぶどう膜炎において細菌の体内移行も一つの原因として推測されている3).マウスの研究では,自己免疫性ぶどう膜炎モデルを用いた実験によりCT細胞が腸管で抗原を認識し活性化されることでぶどう膜炎の病態に関与すること4),抗菌薬投与によりぶどう膜炎が軽減すること2)が示されている.*SatoshiYamana&Koh-HeiSonoda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕山名智志:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(25)C575以上より腸内での抗原の認識,代謝物による炎症細胞の制御,細菌や代謝物の体内への流入など種々の因子がぶどう膜炎の発症や遷延化にかかわる可能性が考えられる.CII腸内細菌叢を標的としたぶどう膜炎治療腸内細菌叢を標的とした治療には,抗生物質,プロバイオティクス,食事療法,糞便移植などがあるが2),ぶどう膜炎を有する患者への腸内細菌叢を標的とした治療は,まだ実用化されていないため,これまで報告のあるマウスぶどう膜炎モデルによる研究を中心に言及する.抗生物質投与による治療では,腸内細菌叢の組成の変化による抑制性CT細胞の増加や病原性CT細胞の抑制,炎症性サイトカインの低下が起こり,マウスぶどう膜炎の重症度改善がみられた2).プロバイオティクスとは,ヒトの腸内微生物のバランスを改善する働きがある宿主によい影響を与える微生物と定義されている.プロバイオティクスの経口投与により制御性CT細胞の分化が促進されること,抗菌薬投与後のプロバイオティクス投与がマウスぶどう膜炎を抑制することが示されている2).食物繊維の豊富な食事は腸内細菌の短鎖脂肪酸の産生を亢進し腸内細菌叢を改善する.また,短鎖脂肪酸の投与を行うと,制御性CT細胞を誘導し病原性CT細胞を抑制することで,マウスぶどう膜炎を軽減させる2).糞便移植はドナーの糞便を患者の腸管に投与することであり,経口投与と大腸内視鏡による直接移植などがある.Clostridioidesdi.cile感染症や多発性硬化症でも糞便移植の有効性が示されている5).眼疾患では,マウスモデルでCVKH病やCBehcet病の患者の経口投与による糞便移植が実験的自己免疫性マウスモデルでのぶどう膜炎を増悪させる.また,制御性CT細胞が欠損したCCD25欠損マウスでは,涙腺炎や唾液腺炎,各結膜炎などの症状を示すが,そのマウスに野生型マウスの便を経口投与することで症状が改善されたと報告されており5),腸内細菌とぶどう膜炎は大きくかかわっていることがわかる.今後の研究によっては,糞便移植がぶどう膜炎治療に適応されることもあるかもしれない.III他の全身疾患と腸内細菌叢炎症性腸疾患,とくにCCrohn病や潰瘍性大腸炎などでは腸内細菌叢の多様性が減少し,酪酸を産生する菌が低下している.これまで食事療法やプロバイオティクスによる治療,潰瘍性大腸炎では一部の細菌をターゲットした抗菌薬多剤併用療法の有効性も示されている6,7).関節リウマチや多発性硬化症でも腸内細菌叢の変化が報告され,ヒトでは関節リウマチに対するプロバイオティクスによる治療8),多発性硬化症では食事療法,糞便移植による治療9)が試みられている.2型糖尿病では,腸内細菌の乱れから腸内細菌が腸から血液中に移行し,慢性炎症に関与する可能性が示唆されている10).また,糖尿病治療薬であるメトホルミンによってCAkkermansiaやCBi.dobacteriumadolescentisが増加し,耐糖能の改善や腸内細菌の代謝物による糖尿病の病態の改善が報告されている11,12).癌の分野でも細菌叢は注目されており,周知されている胃癌とピロリ菌の関連のみならず,大腸癌,肝臓癌,膵癌など多くの癌に細菌叢の関与が示されている13).ここにあげた疾患以外にも腸内細菌叢の病態への関与を示す報告が多くの全身疾患でなされており,腸内細菌叢を新たな治療標的として各分野で研究が進んでいる.CIV細菌叢の解析から代謝物の解析に腸内細菌叢の解析は技術の発達に伴い急速に進歩し,これまでは細菌叢が注目されてきたが,現在は菌の代謝物の解析も可能となり注目が集まっている.腸内細菌叢は何千もの代謝物の産生能力があり,とくに腸内細菌の代表的な代謝物には酪酸,酢酸,プロピオン酸などの短鎖脂肪酸や,乳酸,コハク酸,脂質代謝物,ポリアミン,トリメチルアミン,N-アシルアミド,二次胆汁酸,4-クレゾール,トリプトファン代謝物などがあり,これらは生体内の機能に広くかかわっている14).短鎖脂肪酸である酪酸は腸内細菌から宿主へ提供され,宿主は酪酸を上皮細胞でエネルギー源として用いている.また,酪酸は抑制性CT細胞の誘導のみならず,B細胞やマクロファージにも働き炎症の制御にかかわって576あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022(26)同時に多数の抗原を標識可能36種類金属標識抗体1末梢血単核球12336336251720図1CytometryTimeofFlight(CyTOF)を用いたマスサイトメトリー解析今回の実験では患者の末梢血から採取した末梢血単核球を,計C36種類の金属標識を用いて表面染色を行った.*CD3+細胞中の割合(%)図2マスサイトメトリー解析健常者,寛解期のフォークト・原田・小柳(VKH)病患者,再発性CVKH病患者の末梢血中のCCD3+細胞に占める各サブセットの割合を示す.*p<0.05(one-wayANOVAfollowedbyDunnett’smultiplecomparisontest).(文献C15より改変引用)ab4野生型マウスMAIT細胞欠損マウス3*210免疫後の時間経過(日)MAIT細胞欠損マウス野生型マウス臨床スコア0710141721図3標記マウスの実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)臨床スコアの時間経過a:野生型マウスとCMAIT細胞欠損マウスを用いた.データは平均C±標準誤差.Cb:EAU誘導後C21日目のマウスの代表的な網膜眼底写真と眼球切片のヘマトキシリン・エオジン染色.*p<0.05(Mann-WhitneyU-test).(文献C15より改変引用)野生型マウス2.5MAIT細胞欠損マウス*2.01.51.00.50.0-0101417(日)-図4実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)誘導後のMAIT細胞欠損マウス眼におけるIl22発現の時間的な変化データは平均±標準誤差.*p<0.05,**p<0.01(Mann-WhitneyU-test).(文献C15より改変引用)C-Il22発現mMR1/5-OP-RU-tetIsotypecontrolIL-22図5網膜MAIT細胞によるIL.22の細胞内染色プロット内の数字は,MAIT細胞特異的抗体であるCmMR1/5-OP-RU-tet陽性細胞におけるCIL-22陽性細胞の割合を示す.(文献C15より改変引用)CbmMR1/5.OP.RU.tet陽性細胞(数)a150*4PBS5.OP.RU3100図65.OP.RUを投与した*2*臨床スコア実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)マ50ウスの解析a:rIL-22およびC5-OP-RU硝子体内投与後のCEAU臨床10スコアの時間経過.データは平均±標準誤差.Cb:EAU誘C0導後C14日目のC5-OP-RU投与0101417群またはCPBS投与群の眼にお免疫後の時間経過(日)けるCMAIT細胞数を示す.Cc,10Ngf(右パネル)の発現を示す.20Il22発現*p<0.05,**p<0.01(Mann-2WhitneyU-test).(文献C155より許可を得て改変引用)101000aScotopicERG■EAU(コントロール)bPhotopicERG■EAU(コントロール)500(a-wave)■EAU(5-OP-RU投与)30(a-wave)■EAU(5-OP-RU投与)*Amplitude(μV)Amplitude(μV)400**300*200*100**0Amplitude(μV)Amplitude(μV)2000.31310100.010.03Lightintensity(cd・s・m-2)Lightintensity(cd・s・m-2)ScotopicERG■EAU(コントロール)PhotopicERG■EAU(コントロール)1,000(b-wave)EAU(5-OP-RU投与)200(b-wave)EAU(5-OP-RU投与)**800**600****400*15010050200*000.31310Lightintensity(cd・s・m-2)Lightintensity(cd・s・m-2)図75.OP.RU投与後のマウス網膜電図実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)を誘導しCPBSを投与したコントロール群とC5-OP-RUを投与した治療群のCEAU誘導後C17日目の全視野CERG.scotopic(Ca)およびCphotopicERG(Cb)のCa波(上段)およびCb波(下段)の平均振幅を示した.データは平均±標準誤差.*p<0.05,**p<0.01(unpairedCtwo-tailedCStudent’st-test).単位はcandela-secondspermetersquared(cd・s・mC.2).(文献C15より許可を得て改変引用)C-炎症の抑制炎症の発症や増悪免疫細胞図8腸内細菌による炎症抑制,炎症の発症–