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Immune Privilege of the Eye

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):295.299,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):295.299,2013ImmunePrivilegeoftheEye園田康平*はじめに眼は「免疫学的に特権的な(特別な)部位(immuneprivilegedsite)」とされる.内外のストレスに対し,眼は炎症反応が起こりにくい機構を備えている.Immuneprivilegeは,通常の免疫炎症反応が起こってはかえって組織障害・機能障害が強くなるような脆弱な臓器で,その機能を守るために存在する「生理機構」と捉えることができる.眼の他にも脳,精巣などがimmuneprivilegedsiteといわれる.眼のimmuneprivilegeは,永く解剖学的血液-眼バリアによる受動的なものと考えられてきた.しかし,近年は「いくつかの要因により能動的に形成されたもの」と理解されている1).たとえば眼房水は,transforminggrowthfactor-b(TGF-b),a-melanocyte-stimulatinghormone(a-MSH),calcitoningene-relatedpeptide(CGRP)などの免疫抑制性の液性因子を含む2).また,角膜内皮,虹彩色素上皮細胞には恒常的にFasリガンドが存在し,Fas陽性の炎症細胞にアポトーシスを誘導する3).虹彩色素上皮細胞・網膜色素上皮細胞はそれぞれ異なるメカニズムで炎症性リンパ球の活性を抑制する4,5).また,角膜内皮細胞はGITRL(glucocorticoidinducedtumornecrosisfactorreceptorfamily-relatedproteinligand)を介して抑制型Tリンパ球を誘導する6).さらにこうした眼局所機構に加えて,前房関連免疫偏位(anteriorchamberassociatedimmunedeviation:ACAID)といわれる全身免疫寛容(トレランス)機序が存在する.本稿では,眼のimmuneprivilege,特に全身の免疫寛容についての研究成果を紹介する.I眼球関連免疫偏位について眼球に関連した全身免疫寛容としてStreileinらによって前房関連免疫偏位が提唱・確立された7).前房関連免疫偏位は前房内抗原に対して全身の炎症反応が抗原特異的に抑制される現象である.前房中に異物が入ると,まず眼固有抗原提示細胞によって末梢リンパ臓器(脾臓,リンパ節など)に運ばれる.ここで眼由来抗原提示細胞はTリンパ球に対し抗原提示細胞として作用するが,抑制型Tリンパ球を優先的に誘導する.全身レベルで炎症反応そのものの質を変えることで,混入異物に対する眼組織ダメージを最小限に抑制する機構である.前房関連免疫偏位が最もわかりやすい臨床モデルが角膜移植である.移植が手技的に成功した場合,ドナー由来の角膜構成成分がレシピエント前房内に遊出する.前房内にある骨髄由来抗原提示細胞がそれを捕食し,末梢リンパ臓器でドナー抗原に対する抑制型Tリンパ球を誘導する(ドナー抗原に対する前房関連免疫偏位の成立).抑制型Tリンパ球は本来起こるはずの拒絶反応を逆に抑制するため,角膜移植は強力な全身免疫抑制を行わずとも長期生着が可能となる.一方,眼球に関連した免疫偏位は特に前房にはこだわらないと考えるのが自然である.前房と硝子体は細胞成分が少なく光が透過するためにきわめて透明性が高いと*KoheiSonoda:山口大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕園田康平:〒755-8505宇部市南小串1-1-1山口大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)295 いう共通の特徴があり,似たような仕組みが備わっていることが容易に想像できる.Jiangらはアロ抗原を用いた実験系で,硝子体による免疫偏位の存在を報告した8,9).筆者らも可溶性抗原においても同様に免疫偏位が誘導されることを確認し,硝子体腔関連免疫偏位(vitreouscavityassociatedimmunedeviation:VCAID)として報告した10).網膜下に抗原を注入しても,同様の硝子体腔関連免疫偏位前房関連免疫偏位ヒアロサイト脾臓(末梢リンパ臓器)で抑制型Tリンパ球誘導図1眼球関連免疫偏位のメカニズム眼球に存在する異物抗原に対して,免疫寛容が誘導される.異物抗原は眼球固有の抗原提示細胞に捕食され,抗原提示細胞ごと末梢リンパ臓器である脾臓に移動する.脾臓では眼球固有の抗原提示細胞の作用により,抗原特異的抑制型Tリンパ球が優先的に誘導される.前房に局在する抗原提示細胞血流を介して脾臓へ経年変化+炎症さらなる炎症残存硝子体のスポンジ効果で,炎症因子を硝子体腔に貯留→黄斑浮腫等の合併症誘発ぶどう膜炎における硝子体の変化全身免疫偏位を誘導できることも示されている11).前房関連免疫偏位に始まった研究は徐々に眼球全体に拡大され,眼球全体に免疫寛容を誘導する能力が備わっていることから「眼球関連免疫偏位:eyeassociatedimmunedeviation(EyeAID)」というように考えるべきであろう(図1).II眼球関連免疫偏位成立に関与する因子上述のとおり前房関連免疫偏位が存在するおかげで,移植角膜が長期生着する.しかし,手技的に問題のある場合や術前感染症などのハイリスク症例では,強い術後前房炎症によって前房関連免疫偏位機構が阻害される.こうした炎症状態では他臓器移植と同様にドナー角膜に対して拒絶反応が簡単に誘導される.動物実験でも前房中に炎症惹起性のサイトカインであるIL(インターロイキン)-6を注入することで前房関連免疫偏位が停止することが示されている12).既存の前房炎症が角膜移植の成否に密接に関与することを示唆する.近年,ぶどう膜炎患者に対する硝子体手術の適応が拡大している.ぶどう膜炎に伴う硝子体混濁や黄斑浮腫に対しては,ステロイド薬局所治療が基本である.しかし,消炎が図られた後でも(痕跡的に)残った硝子体混濁や,図2炎症眼における硝子体正常眼よりも硝子体は早く変性する.残存硝子体はタンポナーデ効果を失っているのみならず,スポンジ効果で液性炎症因子を眼内にため込み,ぶどう膜炎遷延化の原因となる可能性がある.296あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(10) 眼内炎症性液性因子によって慢性的にもたらされていると考えられる遷延性黄斑浮腫に対しては,いたずらに薬物治療を強化するよりは思い切って硝子体手術に踏み切るほうが賢明である.術後硝子体混濁除去によって視認性が高まるのと同時に,房水のクリアランスが向上するため炎症性液性因子が貯留しにくい眼球構造になり,黄斑浮腫の遷延化を軽減できる可能性が高い(図2).一方で術中網膜裂孔などが形成されると,通常よりも高頻度に増殖硝子体網膜症などの重篤な合併症を起こす危険性も指摘されている.筆者らは術前に存在する炎症によって硝子体腔における眼のimmuneprivilegeが失われている可能性を考えて動物実験を行った10).眼内炎症モデルとしては,IRBP(interphotoreceptorretinoidbindingprotein)で誘導されるマウス実験的自己免疫性ぶどう膜炎を用いた.このぶどう膜炎の経過は詳しく解析されており,炎症は抗原注射後10.16日で最高の強さになるものの以後は自然におさまり,28日後にはほぼ平常状態に戻る.さらに,この方法は眼球に直接触れずに,硝子体に炎症を起こすことができるので,眼球操作によるアーチファクトを排除できる.眼内炎症を起こした状態で抗原として卵アルブミンを硝子体腔に注入すると,炎症が最も強い10.16日目は抗原特異的制御性Tリンパ球を誘導できなかった.一方,炎1,000IL-6*1,000IL-8症が軽度である3日目,7日目,28日目には抗原特異的制御性Tリンパ球を誘導することができた.この結果は,術前炎症眼においては自己炎症制御機構が麻痺しているため,硝子体手術の合併症が起こりやすいことを示唆する.IIIぶどう膜炎とimmuneprivilegeぶどう膜炎(内眼炎)の原因は,自己免疫疾患など全身疾患に合併するものや,細菌・ウイルス・寄生虫感染によるものなどさまざまである.他の部位の炎症と同様,眼局所でのサイトカイン・ケモカイン発現はぶどう膜炎発症に深く関与している.しかし現在のところ,どのようにこれらサイトカイン・ケモカインがネットワークを形成し実際のぶどう膜炎成立にかかわるのか不明な点が多い.実験動物レベルでは急性期炎症やぶどう膜炎発症機序が論じられることが多い.しかし,実際医療機関を受診する患者で,本当に新鮮な眼炎症があることはむしろまれである.ぶどう膜炎は慢性疾患であり幾度も眼炎症発作を繰り返し,慢性的に眼炎症が持続することにより初期の炎症は修飾され,独特の臨床像を呈する.眼発作を繰り返すBehcet病,治療抵抗性の遷延型原田病などが臨床的に問題になる.上記の理由で筆者らは急性期ぶどう膜炎ではなく,上*4,000MCP-1*pg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/ml5005002,00000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群0対照群ぶどう膜炎群IFN-gIL-2TNF-a200200200pg/mlpg/ml100100100NDNDNDNDNDND000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群IL-12IL-4VEGF200200200100100100NDNDNDND000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群図3慢性期ぶどう膜炎硝子体液での液性因子遷延化ぶどう膜炎群(21例)とコントロール群(黄斑円孔または黄斑上膜,58例)の比較.硝子体手術で得られた検体における液性因子濃度をルミネクスRを用いて測定した.ND:notdetectable(検出できず).(11)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013297 記慢性期炎症にフォーカスをあてた.硝子体腔は前房と比較して眼内液の房水によるターンオーバーが遅い.また,硝子体が存在するため,起炎症分子をトラップし,眼炎症慢性化病態に関与する可能性を考えた.ゆえに慢性期ぶどう膜炎で硝子体手術を行った硝子体液の解析を行った.コントロール群は他に合併症のない黄斑円孔,黄斑上膜とした.手術開始時に硝子体液を採取し,採取した硝子体液を蛍光マイクロビーズアレイシステム(ルミネクスR)を用いて液性因子の濃度を多症例同時測定した13).スクリーニング項目はサイトカイン:11因子(IL-1b,IL-2,IL-4,IL-5,IL-6,IL-10,IL-12,IL-13,IL-15,IFN-g,TNF-a),ケモカイン:7因子(IL-8,eotaxin,IP-10,MCP-1,MIP-1a,MIP-1b,RANTES),増殖因子:5因子(EGF,VEGF,bFGF,G-CSF,GMCSF),計23因子を同時解析した.その結果,当初当然上昇すると考えていたTNF-a,IFN-g,IL-2,IL-4といったリンパ球に作用するサイトカインはほとんど検出されない一方で,IL-6,IL-8,MCP-1といった好中球,マクロファージに作用するサイトカイン・ケモカインの上昇を認めた(図3).また,上述のマウス硝子体腔関連免疫偏位誘導実験において,事前にIL-6の硝子体内注入をすることで抗原特異的制御性Tリンパ球誘導が阻害された10).以上の結果から,ぶどう膜炎患者においてGFP遺伝子導入マウスは,液性因子の観点からも眼のimmuneprivilege機構が破綻していることが裏付けられた.IV抗原提示細胞と眼球関連免疫偏位前房関連免疫偏位においては,抗原を前房内で認識する抗原提示細胞が重要である.前房の抗原提示細胞は,前房中の免疫抑制性サイトカインにより,あらかじめ性質が炎症抑制型に変換されている.これが抗原を認識した状態で抗原血流を介して脾臓へ到達し,抗原特異的な抑制型Tリンパ球を誘導することにより,全身の細胞性免疫が抑制される7).硝子体腔関連免疫変異の場合も,抗原を直接硝子体内に投与する代わりに,あらかじめ抗原に曝露させたマクロファージを硝子体内に投与しておいて,抑制型Tリンパ球の誘導を調べると,抗原を硝子体に入れないにもかかわらず誘導が可能であった10).硝子体腔関連免疫変異も抗原提示細胞を介したもので,かつ抗原提示細胞が正常硝子体環境下に曝露され炎症抑制型に変換される必要があることがわかる.前述のように,硝子体腔注入抗原に対する抑制型Tリンパ球の誘導には,硝子体腔で抗原提示細胞が抗原を認識する必要がある.硝子体腔での抗原提示細胞の候補としては,全身循環をしている血管内のマクロファージなどまたは硝子体内に固有に存在する細胞などが考えら骨髄キメラマウス図4骨髄キメラマウス左:GreenFluorescentProtein(GFP)遺伝子導入マウス.体全体が緑蛍光を発する.右:正常マウスに致死量放射線を照射した後に,GFP遺伝子導入マウス由来の骨髄細胞を移植してキメラマウスを作製する.頭部は眼内放射線障害を予防するためにシールドしているのでもとの黒色毛が残っている.骨髄はすべてGFP遺伝子導入マウス由来のものに置き換わるため,骨髄由来細胞の動向を観察するのに優れたシステムである.298あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(12) れる.そこで,骨髄キメラマウスに抗原を投与した際の,硝子体の細胞の動向を調べた.骨髄キメラマウスは通常のマウスに致死量放射線を照射した後に,GreenFluorescentProtein(GFP)遺伝子導入マウス由来の骨髄細胞を移植して作製する(図4).キメラマウスにおいては以後骨髄由来血球がすべてGFP陽性の緑蛍光を発するため,硝子体腔内に骨髄由来細胞が混入すればGFPをマーカーにして同定することが可能である.キメラマウスにおいては,抗原を硝子体内に投与しても,硝子体腔内に骨髄由来細胞が入ることはなかった7).また,網膜色素上皮細胞や網膜のグリア細胞が硝子体内に流入していく所見もなかった.このことから,硝子体内の抗原認識は硝子体内の固有の細胞により行われている可能性が高い.硝子体内の固有の細胞は広義のヒアロサイトであり,硝子体腔関連免疫偏位における抗原認識および抗原提示を担う細胞候補としてヒアロサイトが考えられた.おわりに眼のimmuneprivilegeは眼の恒常性維持に大きく関与している機構である.眼球関連免疫偏位はさまざまな臨床的意味合いをもつ.眼炎症を見たときに,単に眼局所の要因のみでなく,全身レベルで眼球関連免疫偏位が正常に働けないため眼炎症が起こっている可能性を考える必要がある.文献1)StreileinJW:Immunoregulatorymechanismoftheeye.ProgRetinEyeRes18:357-370,19992)StreileinJW:Immuneprivilegeastheresultoflocaltissuebarriersandimmunosuppressivemicroenvironments.CurrOpinImmunol5:428-432,19933)GriffithTS,BrunnerT,FletcherSMetal:Fasligandinducedapoptosisasamechanismofimmuneprivilege.Science270:1189-1192,19954)SugitaS,StreileinJW:IrispigmentepitheliumexpressingCD86(B7-2)directlysuppressesTcellactivationinvitroviabindingtocytotoxicTlymphocyte-associatedantigen4.JExpMed198:161-171,20035)SugitaS,NgTF,LucasPJetal:B7+irispigmentepitheliuminduceCD8+Tregulatorycells;bothsuppressCTLA-4+Tcells.JImmunol176:118-127,20066)HoriJ,TaniguchiH,WangMetal:GITRligand-mediatedlocalexpansionofregulatoryTcellsandimmuneprivilegeofcornealallografts.InvestOphthalmolVisSci51:6556-6565,20107)StreileinJW:Ocularimmuneprivilege:therapeuticopportunitiesfromanexperimentofnature.NatRevImmunol3:879-889,20038)JiangLQ,JorqueraM,StreileinJW:Subretinalspaceandvitreouscavityasimmunologicallyprivilegedsitesforretinalallografts.InvestOphthalmolVisSci34:3347-3354,19939)JiangLQ,StreileinJW:Immuneprivilegeextendedtoallogeneictumorcellsinthevitreouscavity.InvestOphthalmolVisSci32:224-228,199110)SonodaKH,SakamotoT,QiaoHetal:Theanalysisofsystemictoleranceelicitedbyantigeninoculationintothevitreouscavity:vitreouscavity-associatedimmunedeviation.Immunology116:390-399,200511)WenkelH,StreileinJW:Analysisofimmunedeviationelicitedbyantigensinjectedintothesubretinalspace.InvestOphthalmolVisSci39:1823-1834,199812)OhtaK,YamagamiS,TaylorAWetal:IL-6antagonizesTGF-betaandabolishesimmuneprivilegeineyeswithendotoxin-induceduveitis.InvestOphthalmolVisSci41:2591-2599,200013)YoshimuraT,SonodaKH,OhguroNetal:InvolvementofTh17cellsandtheeffectofanti-IL-6therapyinautoimmuneuveitis.Rheumatology48:347-354,2009(13)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013299

実験的ぶどう膜炎

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):289.294,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):289.294,2013実験的ぶどう膜炎AnimalModelsofEndogenousUveitis竹内大*はじめに内因性ぶどう膜炎には,眼だけに炎症を生じる特発性ぶどう膜炎からBehcet病,サルコイドーシス,Vogt小柳-原田病のように全身疾患に伴って発症するぶどう膜炎があり,その臨床所見もさまざまである.しかし,ぶどう膜炎の発症に至るそのプロセスには共通する要因の関与が示唆される.疾患の発症機序および病態の解明,さらには新たな検査,治療法の確立に動物モデルは不可欠であり,ぶどう膜炎においても然りである.現在,種々のぶどう膜炎動物モデルがあるが,最も広く用いられているものに実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(experimentalautoimmuneuveoretinitis:EAU)があり,本稿ではEAUを中心にこれまで明らかになっているぶどう膜炎の病態について述べていきたい.IEAUの歴史穿孔性眼外傷後,受傷眼,非受傷眼の両眼にぶどう膜炎が生じる(交感性眼炎)ことから,眼内にはぶどう膜炎を誘発する抗原物質が存在することをElschnigが1910年に提唱した1).その後50年以上が経過した1960年代に入って,網膜の抽出蛋白を感受性の高い動物に接種することにより,ぶどう膜網膜炎を特異的に発症させることに成功し2),ぶどう膜網膜炎惹起能を有する自己抗原が網膜に存在することが証明された.最初に同定された網膜自己抗原は網膜視細胞層に局在するS抗原であり,このS抗原を感受性の高い動物に摂取して発症させた実験的ぶどう膜炎がEAUの初期のモデルであった3).しかしS抗原では,分子生物学的および免疫学的な解析に優れ,遺伝子操作がより簡便なマウスにEAUを発症させることはできなかったため,モデル動物としてはおもにラットが用いられていた.マウスがEAUのモデル動物として使用され始めたのは,新たな網膜自己抗原として光受容体間レチノイド結合蛋白(interphotoreceptorretinoid-bindingprotein:IRBP)が同定されてからである4).現在はIRBPまたはその部分ペプチドを用いてマウスに発症させたEAUが主流であるが,これらのほか,ロドプシン,リカバリン,フォスデュシン,RPE(retinalpigmentepithelium)-65などが網膜自己抗原として同定されている.IIEAUの発症メカニズムS抗原やIRBPを直接摂取してもEAUを惹起させることはできず,免疫強化薬である結核死菌を含んだ完全フロインドアジュバンド(completeFreund’sadjuvant:CFA)に乳化させて免疫する必要がある.CFAによりマクロファージ,樹状細胞などの抗原提示細胞(antigen-presentingcells:APC)や好中球,NKT(naturalkillerT)細胞が免疫局所に集積し,活性化する(図1).活性化したこれらの細胞からIL(interleukin)1,IL-6,TNF(tumornecrosisfactor)aなどの炎症性サイトカイン,NKT細胞からはさらにIFN(interferon)gが産生され,APCはプロフェッショナルAPC(Pro*MasaruTakeuchi:防衛医科大学校眼科学教室〔別刷請求先〕竹内大:〒359-0042所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)289 MφTIL-1IL-6TNFαNeuTTTTTTBIgMIgGPIRBP+CFANeu所属リンパ節ProAPC活性化分化・増殖IRBPペプチドMHC複合体IRBPEAUNKTNKTIFN-γB免疫局所MφTIL-1IL-6TNFαNeuTTTTTTBIgMIgGPIRBP+CFANeu所属リンパ節ProAPC活性化分化・増殖IRBPペプチドMHC複合体IRBPEAUNKTNKTIFN-γB免疫局所APC)となる.抗原にIRBPを用いれば,これらのProAPCはIRBPを取り込み,リンパ管を介して免疫局所の所属リンパ節に遊走する.所属リンパ節に入ったProAPCは,細胞内に取り込んだIRBPをペプチドに分解後(processing),主組織適合抗原(majorhistocompatibilityantigen:MHC)クラスII分子とともに細胞表面に提示し(presentation),このIRBPペプチド-MHCクラスII分子複合体を認識できるT細胞受容体をもったCD4+T細胞はIRBPペプチド-MHCクラスII分子複合体と結合することにより活性化し,分化,増殖する.また,IRBPを認識するIg(immunoglobulin)M受容体をもったB細胞は免疫局所で活性化し,所属リンパ節で活性化したIRBP反応性CD4+T細胞から産生されるサイトカインにより抗IRBP-IgG産生細胞へと形質転換する.活性化したIRBP反応性CD4+T細胞は,さらにリンパ管を通って眼に遊走し,ぶどう膜網膜炎を惹起する.IIIEAUの眼所見および疾患感受性ラットとマウスでは,ともに後眼部に強い炎症を呈するが,ラットは前房内フィブリン析出,虹彩後癒着,後房蓄膿(マウス,ラットでは水晶体が厚いため,前房が浅く,後房が深い)を呈する激しい前眼部炎症を伴うの290あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013図1IRBPの免疫によるEAUの発症メカニズムに対して(図2),マウスの前眼部炎症は軽度である.一方,マウスでは硝子体混濁,視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜血管炎,網膜滲出斑,網膜出血,漿液性網膜.離などの後眼部所見が観察されるが,ラットでは強い前眼部炎症のため観察困難である.病理組織学的には,ともに硝子体内浸潤細胞,網膜血管周囲炎,網膜層内浸潤細胞,肉芽腫形成,漿液性網膜.離,脈絡膜の肥厚などの所見を呈する(図2).Behcet病やHLA(humanleucocyteantigen)-B27関連急性前部ぶどう膜炎,Vogt-小柳-原田病とHLAのハプロタイプとの間に関連がみられるように,ラット,マウスのMHCハプロタイプとバックグラウンドによりEAUの感受性が異なる.ラットのなかで最も感受性が高いのはLewisラットであり5),F344ラットなどはEAU抵抗性である.マウスにおいはB10RIIIマウスが最もEAU感受性であり,続いてB10A,B57BL/6の順である6,7).これらのマウス間ではIRBP反応性CD4+T細胞が認識するIRBP内のアミノ酸配列(T細胞抗原決定領域)が異なることも知られている.IVEAUからみたぶどう膜炎の発症に働く免疫系異常免疫系は,自然免疫と獲得免疫に分けられ,その特徴(4) 図2EAUの眼所見上:ラットにおける前眼部炎症.フィブリン析出,虹彩後癒着,後房蓄膿がみられる.下:正常マウス(左),EAUを発症しているマウス(右)の後眼部病理組織所見.硝子体,網膜,および脈絡膜内に浸潤細胞,網膜血管周囲炎,網膜層構造の破壊,視細胞層の菲薄化がみられる.を表1に示す.病原体が上皮障壁を突破し体内に侵入すると,白血球や好中球,マクロファージなどの細胞による自然免疫が働き,炎症反応が起こる.この自然免疫により病原体の侵入は阻止されるが,自然免疫だけでは排除できない場合,獲得免疫が発動する.獲得免疫はT細胞による細胞性免疫と抗体や補体による体液性免疫からなる抗原特異的な免疫反応であり,自然免疫とは表1に示すような違いがある.EAUはCFAによる自然免疫の活性化,および網膜抗原に特異的な獲得免疫により惹起されるため,免疫異常がその要因の一つと考えられている内因性ぶどう膜炎では,何らかの刺激により自然免疫が活性化し,ぶどう膜炎の発症をきたす獲得免疫異常が働いたためと考えられる.一方,網膜抗原に反応性のCD4+T細胞をinvitroで活性化させ,このCD4+T細胞のみを摂取してもEAUを発症させることができること8),しかしEAUを発症している動物の血清,また(5)表1自然免疫と獲得免疫自然免疫獲得免疫非特異的抗原認識特異的抗原認識マクロファージ,樹状細胞,好中球T細胞,B細胞Toll様受容体T細胞受容体,IgM受容体非特異的抗原認識特異的抗原認識即最大効果を発揮最大効果まで時間がかかるメモリー機能はないメモリー機能があるすべての生物にある脊椎動物のみ外来抗原により活性化自然免疫により活性化は抗IRBP抗体などの網膜抗原に対する抗体を移入してもEAUの発症はみられないことから,ぶどう膜炎の発症には網膜自己抗原反応性CD4+T細胞を主体とした獲得免疫異常の関与が強く示唆されている.あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013291 転写因子APCS抗原IRBPILSTAT1STAT4T-betRORγtRORαSTAT3IRF4SMADFoxp3CD4+TcellSTAT6GATA3IRF4-12IFN-γIL-4IL-1βIL-6TGFβTGFβサイトカインTh1Th2Th17TregIL-2,IFN-γ,TNFIL-4,IL-5,IL-10,IL-13ITNFαL-17,IL-21,IL-22IL-10,TGFβぶどう膜炎の発症図3EAUとT細胞サブセット活性化したCD4+T細胞は,その環境における種々のサイトカインにより機能が異なる少なくとも5つの細胞に分化する.VEAUとT細胞サブセット抗原を認識し,活性化したCD4+T細胞は分化増殖するが,この分化にはその環境における種々のサイトカインが関与し,その作用により異なる転写因子が働く(図3).IL-12およびIFN-gが作用すればSTAT(SignalTransducerandActivatorofTranscription)1,STAT4,T-betなどの転写因子が働きヘルパーT(Th)1細胞へ分化するのに対して,IL-4が作用すればSTAT6,GATA3,IRF4(interferonregulatoryfactor4)などの転写因子によりTh2細胞へと分化する.IL-1bまたはIL-6とTGF(transforminggrowthfactor)bが作用すればROR(retinoic-acid-relatedorphanreceptor)gt,RORa,STAT3,IRF4によりTh17細胞に分化し,TGFbだけが作用すればSMAD,Foxp3によりFoxp3+制御性T細胞(Treg細胞)へと分化する.これらのT細胞はその産生するサイトカインにより機能が異なり,CFAを用いた網膜抗原の強化免疫ではTh1細胞とTh17細胞の分化が誘導されること9,10),また網膜抗原に特異的なマウスのCD4+T細胞をTh1細胞またはTh17細胞に分化させて移入するとEAUが発症することから,Th1細胞およびTh17細胞がぶどう膜炎におけるエフェクターT細胞と考えられている.一方,Th2細胞,Treg細胞の移入,またはTh2細胞,Treg細胞が産生するIL-10,TGFbによりEAUの発症は抑制されることから,そのヒトぶどう膜炎治療への応用が期待されている11.15).VIぶどう膜炎の発症を抑制する免疫機構「なぜ,正常な状態ではぶどう膜炎は発症しないのか?」それにはまず血液眼関門の存在,そして所属リンパ節がないことがあげられる.このような解剖学的特殊性により,S抗原やIRBPのような網膜自己抗原は全身の免疫機構から隔絶され,それらに反応するT細胞に認識されにくい(immunologicalignorance)16).しかし近年,このような受動的メカニズム以外にも,眼内にはその透明性を維持するためにぶどう膜炎を含めた炎症を能動的に抑制するメカニズムがあり,特異な免疫機構により守られた免疫特権部位(immuneprivilege)であることが明らかになった.このような眼の免疫特権は,「眼に特異な免疫機構」17)と「全身性の免疫制御機構」14,18.21)により維持され,眼における特異な免疫機構には上記の292あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(6) 自己抗原を認識網膜抗原を認識Foxp3陽性網膜抗原を認識しない骨髄幹細胞自己抗原を認識網膜抗原を認識Foxp3陽性網膜抗原を認識しない骨髄幹細胞アポトーシス成熟T細胞Foxp3+CD25+CD4+制御性T細胞図4胸腺でのT細胞の分化胸腺に入った骨髄幹細胞は,T細胞への分化の過程でT細胞受容体を発現する.胸腺内で網膜抗原を含め自己抗原を認識するT細胞受容体をもったT細胞は細胞死(アポトーシス)に陥り,自己抗原を認識しないT細胞受容体をもったT細胞,または自己抗原を認識してもFoxp3陽性のT細胞はアポトーシスに陥ることなく最後まで分化成熟し,末梢に出ていく.immunologicalignoranceのほか,房水中の免疫抑制物質,免疫調節機能をもつ眼組織細胞,前房関連免疫偏位(ACAID)とよばれる特異な免疫反応が知られており,全身性の免疫調節機構には,胸腺におけるぶどう膜炎を含めた臓器特異的自己免疫病を発症させるT細胞の削除,および臓器特異的自己免疫病を抑制するFoxp3+制御性T細胞の存在などがある.眼における特異な免疫機構に関しては,他項で詳しく述べられているため,本項では全身性の免疫調節機構について概説する.T細胞の前駆細胞は骨髄幹細胞であり,胸腺でT細胞に分化する.胸腺内ではAireとよばれる転写因子によりS抗原やIRBPなどの網膜抗原をはじめあらゆる臓器特異的自己抗原が発現していることが近年明らかになった22,23).これらの自己抗原を認識するT細胞受容体をもったT前駆細胞は分化の段階でアポトーシス(細胞死)に陥る(ネガティブセレクション)(図4).自己抗原を認識しないT細胞受容体をもったT前駆細胞のみが成熟T細胞まで分化し(ポジティブセレクション),胸腺から再び末梢に出ていくことができる.転写因子Aireを遺伝子操作により欠損させたAireノックアウトマウスでは,多臓器に自己免疫病が自然発症し,眼にはぶどう膜網膜炎が生じることが報告されている18).しかし,S抗原やIRBPの免疫によりEAUが惹起され,ま(7)たぶどう膜炎患者ではこれらの網膜抗原に対するT細胞の反応性が亢進していることから24,25),このメカニズムは完全ではなく,一部の自己抗原反応性T細胞はネガティブセレクションを回避し,成熟T細胞となって末梢に存在している.一方,このような自己抗原反応性のT細胞受容体をもつ細胞においても,先述した制御性T細胞への分化を促す転写因子Foxp3を発現している細胞群は,アポトーシスを回避し,Foxp3+CD25+CD4+制御性T細胞となって同じく末梢に出ていくことが知られている.胸腺で産生されるこれらの制御性T細胞は内在性Treg(naturallyoccurringretulatoryTcell:nTreg),先述した末梢のCD4+T細胞が抗原認識後,制御性T細胞に分化したものは誘導性Treg(inducedretulatoryTcell:iTreg)とよばれている.このTregを除去したマウスにおいてもぶどう膜網膜炎が自然発症し20),EAUを発症させたマウスにTregを移入するとEAUが抑制される14).おわりに実験的ぶどう膜炎と比較して,ヒトぶどう膜炎は慢性の経過を辿り,再発を繰り返す.また,S抗原やIRBPなどの網膜自己抗原に対する免疫反応の亢進がBehcet病などのぶどう膜炎患者で認められているが,これらの網膜抗原に対する免疫反応がぶどう膜炎の原因なのか,または二次的な反応なのかは不明である.しかし,実験的ぶどう膜炎の研究により新たな知見が生まれ,ヒトぶどう膜炎の病態解明の礎となっていることはいうまでもない.TNFaのように,EAUにおけるその病態への関与,抗TNFa抗体のEAU抑制効果から臨床応用されたinfliximabは,それまでの治療に抵抗性であったぶどう膜炎に対しても有効であり,これまでのところ良好な治療成績が得られている.TNFa以外にも,EAUの発症に関与するIL-1,IL-2,IL-6,IL-17,そしてT細胞の副刺激分子であるCTLA(cytotoxicTlymphocyteantigen)-4などの分子を標的としたぶどう膜炎の抗体治療が進行中である.今後の課題として,新たな分子の関与を解明することは必要であるが,これまでの研究の多くは,個々の分子に注目し,その発現を抗体でブロックする,もしくは促あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013293 進する,または遺伝子操作することにより実験的ぶどう膜炎への直接的な関与を検討したものであった.免疫系には1つの分子の機能異常を代償するメカニズムがあることから,分子間の相互作用を網羅的に解析し,免疫系全体のフレームシフトがぶどう膜炎の病態にどのような影響を及ぼすか検討することも重要である.最後ではあるが,実験的ぶどう膜炎推進派の筆者個人としては,実験的ぶどう膜炎を用いた基礎研究にてぶどう膜炎に対する知見を積み重ねていくことが,ヒトぶどう膜炎のより効果的な診断法および治療法の確立に不可欠であると考える.文献1)ElschnigA:Studien,zursympatischenOphthalmia.AlbrechtvonGraefesArchKlinExpophthalmol76:509546,19102)WackerWB,LiptonMM:Experimentalallergicuveitis:homologousretinaasuveitogenicantigen.Nature206:253-254,19653)deKozakY,SakaiJ,ThillayeBetal:Santigen-inducedexperimentalautoimmuneuveo-retinitisinrats.CurrEyeRes1:327-337,19814)GeryI,WiggertB,RedmondTMetal:Uveoretinitisandpinealitisinducedbyimmunizationwithinterphotoreceptorretinoid-bindingprotein.InvestOphthalmolVisSci27:1296-1300,19865)CaspiRR,SilverPB,ChanCCetal:GeneticsusceptibilitytoexperimentalautoimmuneuveoretinitisintheratisassociatedwithanelevatedTh1response.JImmunol157:2668-2675,19966)CaspiRR,ChanCC,FujinoYetal:Geneticfactorsinsusceptibilityandresistancetoexperimentalautoimmuneuveoretinitis.CurrEyeRes11(Suppl):81-86,19927)CaspiRR,GrubbsBG,ChanCCetal:Geneticcontrolofsusceptibilitytoexperimentalautoimmuneuveoretinitisinthemousemodel.ConcomitantregulationbyMHCandnon-MHCgenes.JImmunol148:2384-2389,19928)CaspiRR,RobergeFG,McAllisterCGetal:Tcelllinesmediatingexperimentalautoimmuneuveoretinitis(EAU)intherat.JImmunol136:928-933,19869)LugerD,SilverPB,TangJetal:EitheraTh17oraTh1effectorresponsecandriveautoimmunity:conditionsofdiseaseinductionaffectdominanteffectorcategory.JExpMed205:799-810,200810)YoshimuraT,SonodaKH,MiyazakiYetal:DifferentialrolesforIFN-gammaandIL-17inexperimentalautoimmuneuveoretinitis.IntImmunol20:209-214,200811)RizzoLV,XuH,ChanCCetal:IL-10hasaprotectiveroleinexperimentalautoimmuneuveoretinitis.IntImmunol10:807-814,199812)KezukaT,TakeuchiM,KeinoHetal:Peritonealexudatecellstreatedwithcalcitoningene-relatedpeptidesuppressmurineexperimentalautoimmuneuveoretinitisviaIL-10.JImmunol173:1454-1462,200413)KeinoH,TakeuchiM,SuzukiJetal:IdentificationofTh2-typesuppressorTcellsamonginvivoexpandedocularTcellsinmicewithexperimentalautoimmuneuveoretinitis.ClinExpImmunol124:1-8,200114)KeinoH,TakeuchiM,UsuiYetal:SupplementationofCD4+CD25+regulatoryTcellssuppressesexperimentalautoimmuneuveoretinitis.BrJOphthalmol91:105-110,200715)ZhangL,MaJ,TakeuchiMetal:SuppressionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisbyinducingdifferentiationofregulatoryTcellsviaactivationofarylhydrocarbonreceptor.InvestOphthalmolVisSci51:2109-2117,201016)MedawarPB:Immunitytohomologousgraftedskin;thefateofskinhomograftstransplantedtothebrain,tosubcutaneoustissue,andtotheanteriorchamberoftheeye.BrJExpPathol29:58-69,194817)StreileinJW:Ocularimmuneprivilege:theeyetakesadimbutpracticalviewofimmunityandinflammation.JLeukocBiol74:179-185,200318)AndersonMS,VenanziES,KleinLetal:Projectionofanimmunologicalselfshadowwithinthethymusbytheaireprotein.Science298:1395-1401,200219)DeVossJ,HouY,JohannesKetal:Spontaneousautoimmunitypreventedbythymicexpressionofasingleself-antigen.JExpMed203:2727-2735,200620)TakeuchiM,KeinoH,KezukaTetal:Immuneresponsestoretinalself-antigensinCD25(+)CD4(+)regulatoryT-cell-depletedmice.InvestOphthalmolVisSci45:18791886,200421)SunM,YangP,DuLetal:ContributionofCD4+CD25+Tcellstotheregressionphaseofexperimentalautoimmuneuveoretinitis.InvestOphthalmolVisSci51:383389,201022)DerbinskiJ,SchulteA,KyewskiBetal:Promiscuousgeneexpressioninmedullarythymicepithelialcellsmirrorstheperipheralself.NatImmunol2:1032-1039,200123)TakaseH,YuCR,MahdiRMetal:Thymicexpressionofperipheraltissueantigensinhumans:aremarkablevariabilityamongindividuals.IntImmunol17:1131-1140,200524)deSmetMD,BitarG,MainigiSetal:HumanS-antigendeterminantrecognitioninuveitis.InvestOphthalmolVisSci42:3233-3238,200125)TakeuchiM,UsuiY,OkunukiYetal:Immuneresponsestointerphotoreceptorretinoid-bindingproteinandS-antigeninBehcet’spatientswithuveitis.InvestOphthalmolVisSci51:3067-3075,2010294あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(8)

序説:ぶどう膜炎の研究最前線 2013

2013年3月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科30(3):287.288,2013●序説あたらしい眼科30(3):287.288,2013ぶどう膜炎の研究最前線2013UveitisResearchFrontiers2013望月學*私が米国国立眼研究所(NationalEyeInstitute:NEI)に留学していた1982年頃のことである.ある日のNEI眼免疫セミナーで挨拶をされた当時のNEI所長が述べられた言葉がいまだに忘れられない.「自分が若い頃には,研究熱心な若い眼科医は決してぶどう膜炎の研究グループに入らなかった.私の教授は自分の気に入らない若者をぶどう膜炎グループに配属したものだ.しかし,それから20年経った今は,有能な若者はみんなぶどう膜炎と眼免疫研究グループに集ってくるようになった.ここNEIの眼免疫グループはまさにそのような活発な研究グループであり,所長として嬉しい限りである」.お世辞が半分以上であろうが,50年前と30年前にぶどう膜炎・眼免疫の研究を外部から見た印象が的確に語られていて興味深い.さて,時は移り,今は2013年.1982年から30年の歳月が過ぎている.この間の眼免疫とぶどう膜炎の研究の進歩・進展は筆舌に尽くし難い膨大なものがある.免疫学,分子生物学,生化学,遺伝学の進歩を取り入れてぶどう膜炎の発症分子機構とその制御機構の詳細が明らかになった.マウスにおける実験的自己免疫性ぶどう膜炎(EAU)の免疫病理機構に働くTh1,Th17細胞と炎症性サイトカイン,抗原提示細胞による抗原認識過程と,自己抗原ペプチドによるT細胞活性化の分子機構,さらには,これらを制御する制御性T細胞の発見,故Streilein博士による眼の免疫特権(immuneprivilege)の発見と眼局所免疫機構の解明は今世紀に入って最もホットな眼免疫領域の研究課題である.これらについて2013年現在の最新の研究成果を竹内大教授(実験的ぶどう膜炎),園田康平教授(ImmunePrivilege),杉田直博士(制御性T細胞)にレビューしていただいた.一方,ぶどう膜炎の臨床も格段の進歩がみられる.日本眼炎症学会が調査したわが国ぶどう膜炎の疫学調査では非常に多くのぶどう膜炎原因疾患が報告され,原因不明はわずか33.5%であり,今やサルコイドーシスがわが国では最も頻度の高いぶどう膜炎原因疾患である.かつて最も多かったBehcet病は患者数が減少したとはいえ視力予後不良の難治性疾患であることに変わりなかった.しかし,生物製剤による新しい治療によりその状況は劇的に変貌しつつある.そのような大きな変化のあるぶどう膜炎の臨床のなかにおいて,急性網膜壊死,Vogt-小柳-原田病,ぶどう膜炎の仮面症候群としての眼内リンパ腫は,その診断と治療が大きな課題であったが,それも最近の研究により解決されつつある.そ*ManabuMochizuki:東京医科歯科大学医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)287 のぶどう膜炎の臨床研究について蕪城俊克先生・川島秀俊教授(Behcet病),高瀬博先生・江石義信教授(サルコイドーシス),奥貫陽子先生・後藤浩教授(急性網膜壊死),山木邦比古教授(Vogt-小柳-原田病),岩橋千春先生・大黒伸行先生(眼内リンパ腫)に解説していただいた.これらの総説を通して,2013年現在の最新の眼免疫とぶどう膜炎の研究の流れが理解できるように本特集を企画した.また,今回ご執筆をお願いした先生方はこれからの20年間のわが国の眼免疫,ぶどう膜炎の研究を推進する先生方であり,今後の活躍を期待するものである.288あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(2)

光線力学的療法を施行したラニビズマブ反応不良ポリープ状脈絡膜血管症7例

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):276.281,2013c光線力学的療法を施行したラニビズマブ反応不良ポリープ状脈絡膜血管症7例井尻茂之杉山和久金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)PhotodynamicTherapyforPolypoidalChoroidalVasculopathyRefractorytoRanibizumabShigeyukiIjiriandKazuhisaSugiyamaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:ラニビズマブ硝子体内投与(IVR)に反応不良であったポリープ状脈絡膜血管症(PCV)7例に対し光線力学的療法(PDT)を施行したので治療経過を報告する.対象および方法:対象は,IVR単独治療を施行するも光干渉断層計(OCT)上反応不良にてPDTを施行し,PDT後6カ月以上経過観察できたPCV7例7眼である.6例は,導入期の連続3回投与後もOCTにて滲出性変化が悪化または残存したためIVR反応不良と判断した.1例は,維持期に再発した滲出性変化が計3回の投与後も残存したためIVR反応不良と判断した.7例ともポリープ状病巣は残存し,初回IVR時から視力またはOCT所見が経時的に悪化したためPDTを施行した.PDT後の平均観察期間は11.0±2.0カ月であった.PDT前後の視力,OCT所見,蛍光眼底造影所見,再治療,合併症について検討した.結果:7例中6例は,ポリープ状病巣が閉塞しPDT後6カ月までに滲出性変化の消失または改善を認めた.6例中3例は滲出性変化が再発し,3例中2例は残存異常血管網からの漏出に対しIVR単独で再治療を行い,2例とも1カ月後に滲出性変化は消失した.もう1例は,中心窩外に再発したポリープ状病巣に対し光凝固を施行し,光凝固3カ月後で滲出性変化は消失した.7例中1例は,ポリープ状病巣が閉塞せず滲出性変化も悪化した.再治療としてIVR併用PDTを施行したが,ポリープ状病巣および滲出性変化は残存した.本症例のみ,視力はPDT後3カ月までに悪化したが,最終的には全症例が維持または改善した.合併症については,1例のみPDT後に1乳頭径未満の出血性網膜色素上皮.離を生じたが,出血は自然吸収され最終観察時まで再治療なく視力を維持できた.結論:解剖学的にIVRに反応不良なPCVに対するPDTは有効であった.Purpose:Toreport7casesofpolypoidalchoroidalvasculopathy(PCV)thatunderwentphotodynamictherapy(PDT)becausetheywererefractorytointravitrealranibizumab(IVR)monotherapy.SubjectsandMethods:Weinvestigated7casesofPCVthatunderwentPDTbecausetheywererefractorytoIVRmonotherapy.Exudativechangesasevaluatedbyopticalcoherencetomography(OCT)increasedorremainedunchangedinallcases,despite3consecutivemonthlyIVRinjections.Themeanfollow-upperiod(±standarddeviation)afterPDTwas11.0±2.0months.Patientdataretrievedincludedbest-correctedvisualacuity(BCVA),OCTfindings,fluoresceinangiographicfindings,indocyaninegreenangiographic(IA)findings,re-treatmentsandcomplications.Results:IAperformedat3-monthintervalsafterPDTrevealeddisappearedpolypoidallesionsin6of7cases.ExudativechangesasevaluatedbyOCTdisappearedorresolvedby6monthsafterPDTinthese6cases,butrecurredin3ofthe6.In2ofthose3,recurringexudationswerethecauseofresidualbranchingvascularnetworkvessels.These2caseswerere-treatedwithIVR;theexudativechangeshadcompletelydisappearedat1monthafterre-treatment.Theothercasewasre-treatedwithphotocoagulation(PC)forrecurrentextrafovealpolypoidallesions;theexudativechangeresolvedby3monthsafterPC.Inoneofthe7cases,polypoidallesiononIAdidnotdisappearandexudativechangeonOCTgraduallyincreasedafterPDT.Thiscasewasre-treatedwithPDTcombinedwithIVR.Thepolypoidallesiondidnotdisappearafterre-treatment,andexudativechangeremained.BCVAdeterioratedat3monthsafterPDTin1casewithoutthepolypoidallesiondisappearing,butimprovedorwasmaintainedatfinalvisitsinall7cases.Hemorrhagicretinalpigmentepithelialdetachmentsmallerthan1discdiameter〔別刷請求先〕井尻茂之:〒920-8641金沢市宝町13番1号金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)Reprintrequests:ShigeyukiIjiri,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa-shi920-8641,JAPAN276276276あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(142)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY wasseenat1monthafterPDTin1case.Thehemorrhagedisappearednaturally,andvisualacuitywasmaintainedatfinalvisitwithoutre-treatment.Conclusion:PDTwaseffectiveforcasesofPCVthathadpooranatomicresponsetoIVRmonotherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):276.281,2013〕Keywords:光線力学的療法,ラニビズマブ,ポリープ状脈絡膜血管症,滲出型加齢黄斑変性,光干渉断層計.photodynamictherapy,ranibizumab,polypoidalchoroidalvasculopathy,exudativeage-relatedmaculardegeneration,opticalcoherencetomography.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)抗体であるラニビズマブ(ルセンティスR,ノバルティスファーマ)硝子体内注射(intravitrealranibizumab:IVR)は,2009年に臨床使用が開始され,現在AMD治療の主要な治療法として確立されている.国内外の臨床試験では,平均視力は投与開始後から急速に改善し,1カ月毎連続3回の導入期終了までにプラトーに達するという良好な結果である1.3).しかしながら,AMDに対するIVR単独治療には,約3割で解剖学的反応不良例が存在することが報告されており4,5),抗VEGF単独治療に抵抗性を示すAMDにはポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)や網膜色素上皮.離(retinalpigmentepithelialdetachment:PED)主体のoccult脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)例が多いことが報告されている6.8).実際の臨床でも導入期の投与に解剖学的に反応しない症例や,導入期の投与には反応したものの維持期での追加投与に反応が不良になってくる症例を経験し,近年,このようなIVR単独治療に抵抗性を示すAMD症例への対応が問題となってきている.IVR以外のAMDに対する治療としては,ベルテポルフィン(ビスダインR,ノバルティスファーマ)を用いた光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)があり,2004年にわが国で臨床使用が可能となっている.PDTは,IVR治療と比較し視力に関してはその長期成績は劣るものの1),解剖学的所見の改善や視力維持効果が多数報告されており,特にPCVで有効とされている9.12).近年,抗VEGF抗体の硝子体内注射単独治療に抵抗性を示すAMDに対するPDTの有効性が報告されている7).今回,筆者らはIVR単独治療を行うも光干渉断層計(OCT)にて解剖学的に改善が得られないためPDTを施行し,PDT後6カ月以上経過観察できたPCV7例の経過を報告する.I対象および方法対象は,2009年3月から2011年3月の間に,金沢大学附属病院眼科で初回治療としてIVR単独治療を施行するもOCT上反応不良にてPDTを施行し,PDT後6カ月以上経過観察できたPCV7例7眼である.PDT後の平均観察期間は11.0±2.0カ月であった.PCVの診断は,日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会による診断基準の確実例を満たすものとした13).症例2を除く6例は,ラニビズマブ0.5mg/0.05mlを導入期として1カ月毎連続3回投与したにもかかわらず,OCTにて網膜下液(subretinalfluid:SRF)または漿液性PEDが悪化または残存したためIVR反応不良と判断した.症例2は,導入期の連続3回投与にてSRFは消失したが,維持期に再発したSRFが計3回の投与でも消失しなかったためIVR反応不良と判断した.7例ともインドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyaninegreenangiography:IA)でIVR開始前に認めたポリープ状病巣はPDT前に増減なく残存し,初回IVR時から視力またはOCT所見が経時的に悪化したためPDTを施行した.各症例の治療前の背景を表1に示す.PDTは,標準の条件で施行した(ベルテポルフィンを体表面積当たり6mg/m2で10分かけて点滴静注,エネルギー50J/cm2,波長689nm,照射時間83秒).最大病変直径はIAで決定し,照射径は,病変最大直径に1mm(周囲に500μm)の縁取りをつけたものとした.全症例,PDT前とPDT後1カ月毎に小数視力(3mまたは5mで測定)とOCT(トプコン社製,3DOCT-1000MARKII)を測定し,PDT前とPDT後3カ月以降にフルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)およびIA(ハイデルベルグ社製,ハイデルベルグスペクトラリスHRA+OCTで撮影)を施行した.再治療は,初回PDT後3カ月以降にOCTにて滲出性変化の残存または悪化を認めた場合に施行した.再治療は,中心窩下にポリープ状病巣を認める場合にはPDTを施行し,中心窩外にポリープ状病巣を認める場合は網膜光凝固を施行した.ポリープ状病巣を認めず異常血管網のみから漏出している場合は,IVRを施行した.検討項目は,①視力およびOCT所見(PDT前,PDT1カ月後,3カ月後,6カ月後,最終観察時),②ポリープ状病巣閉塞の有無(PDT前とPDT3カ月以降に施行したIAを比較し評価),③再治療について,④合併症について,である.(143)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013277 表1各症例のPDT前背景IVR前IVR前IVR最終IVR.PDT前PDT前PDT前のPDT前PDT前ポリPDT照射症例年齢(歳)・性BCVACFT(μm)回数PDT期間(月)BCVACFT(μm)OCT所見FA分類ープ状病巣径(μm)166・男性1.02403170.5295SRF,sPEDOccultsub4,800283・男性0.327862.50.5224SRFOccultsub6,000362・女性0.619336.00.8193sPEDOccultextra4,000466・男性0.823933.00.3557SRF,sPEDOccultsub,extra3,850573・男性0.635833.80.15422SRF,sPEDOccultsub4,200680・男性0.730632.30.7424SRFOccultsub,extra5,500767・女性0.817034.10.5147SRFOccultsub2,700PDT:photodynamictherapy,IVR:intravitrealranibizumab,BCVA(小数視力):bestcorrectedvisualacuity,CFT:centralfovealthickness,OCT:opticalcoherencetomography,SRF:subretinalfluid,sPED:serousretinalpigmentepithelialdetachment,FA:fluoresceinangiography,Occult:occultwithnoclassic,sub:subfovea,extra:extrafovea.表2各症例のPDT後の経過症例PDT前1MBCVA3M6M最終PDT前CFT(μm)1M3M6M最終ポリープ状病巣再治療合併症観察期間(月)10.50.60.30.50.7295*352*355*221*238*残存IVR併用PDTなし820.50.50.50.60.6224*175*153137132閉塞なしhPED1030.80.80.81.01.0193126107104135閉塞なしなし1240.30.30.30.70.6557*305*238215*241*再発光凝固なし1150.150.70.90.91.0422*173*188*151152閉塞IVR1回なし1360.70.80.90.90.7424*165*196166160閉塞IVR1回なし1370.50.60.70.90.9147*139150176156閉塞なしなし13PDT:photodynamictherapy,IVR:intravitrealranibizumab,BCVA(小数視力):bestcorrectedvisualacuity,CFT:centralfovealthickness,hPED:hemorrhagicretinalpigmentepithelialdetachment.*:光干渉断層計にてsubretinalfluidを認めるもの.II結果各症例のPDT後の経過を表2に示す.7例中6例(症例2,3,4,5,6,7)は,IAでポリープ状病巣が閉塞した.ポリープ状病巣が閉塞した6例のうち,PDT前にSRFのみを認めた3例(症例2,6,7)はPDT後3カ月までにSRFが消失した.PDT前に漿液性PEDのみを認めた症例3はPDT後1カ月で漿液性PEDは消失した.PDT前にSRFと漿液性PEDの両者を認めた2例のうち,症例5はPDT後1カ月までに漿液性PEDが,PDT後2カ月までにSRDが消失した.もう1例の症例4は,PDT後2カ月で一旦SRFは消失したが,PDT後6カ月でSRFが再発し,漿液性PEDは残存した.本症例は,IAでPDT前に認めた中心窩下のポリープ状病巣は閉塞していたが,中心窩外(異常血管網の末端)にポリープ状病巣が再発していた.再発したポリープ状病巣に対し光凝固を施行したところ3カ月後までにSRFは消失した.再治療については,症例5がPDT後3カ月で,症例6がPDT後11カ月でSRFが再発したが,IAではポリープ状病巣の再発は認めず異常血管網のみであった.2例ともIVRで再治療を行い,IVR1カ月後にSRFは消失した.症例1278あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013は,PDT後もSRFおよび漿液性PEDは悪化し,IAでもポリープ状病巣が残存した.再治療として初回PDTから4カ月後にIVR併用PDTを施行した(PDT7日前にIVR1回,PDT後2カ月後にIVRを2回連続施行).再治療後,SRFは減少し漿液性PEDは縮小したがいずれも残存し,ポリープ状病巣も閉塞しなかった.症例2,3,7は,初回PDT後SRFの再発は認めず,再治療は施行しなかった.視力については,ポリープ状病巣が残存しOCT所見が悪化した症例1のみPDT後3カ月までに悪化したが,最終的には全症例が維持または改善した.小数視力をlogarithmicminimumangleofresolution(logMAR)値に換算し,logMAR値0.3以上の変化を改善または悪化とすると,7眼中2眼(28.6%)が改善,7眼中5眼(71.4%)が不変であった.合併症については,症例2がPDT後1カ月時に中心窩下に1乳頭径未満の出血性PEDを認めた.PDT後6カ月までに出血は吸収され,ポリープ状病巣は閉塞し,最終観察時まで再治療なく視力を維持できた.全身的合併症は1例も認めなかった.代表例(症例7)を図1に示す.67歳女性で,中心窩下に橙赤色隆起性病巣を認め,IAで異常血管網とポリープ状病(144) BCDABCDA図1症例7(67歳,女性)A:PDT前のFA・IA同時撮影像(後期像).IAで中心窩下に異常血管網とポリープ状病巣を認めた.点線丸で病変最大長径を,実線丸で照射径(2,700μm)を示した.FAでは点状の漏出点を2カ所認めた.B:PDT前のOCT所見.中心窩下にノッチサインを伴う網膜色素上皮の隆起とSRFを認めた.C:PDT3カ月後のFA・IA同時撮影像(後期像).IAで異常血管網の縮小とポリープ状病巣の閉塞を認め,照射野に一致して低蛍光領域を認めた.FAでは蛍光漏出点は消失していた.D:PDT3カ月後のOCT所見.網膜色素上皮の隆起とSRFの消失を認めた.(145)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013279 巣を認めた.導入期に連続3回のIVRを施行したがSRFは残存し,視力が徐々に低下するため最終IVRから4カ月後にPDTを施行した.PDT1カ月後の時点でSRFは完全に消失し,PDT3カ月後のIAで異常血管網の縮小とポリープ状病巣の閉塞を認めた.PDT後観察期間13カ月でOCT上滲出性変化の再発は認めず,視力は0.5から0.9に改善した.III考按AMDに対するIVR反応不良の治療前因子として,正らは61眼のAMD例を対象に検討を行い,年齢,男女比,治療歴,視力,病変最大直径,病型,FAによる病変タイプのすべての項目について滲出消失群(69%)と残存群(31%)に有意差を認めなかったと報告している5).一方,抗VEGF単独治療に抵抗性を示すAMDにはPCV例やPED主体のoccultCNV例が多いことが報告されている6.8).また,Koizumiらは,PCVに対するIVR反応不良の治療前因子として大きなポリープ状病巣とPEDの存在を報告している4).本報告におけるIVR反応不良PCV7例も,全例がFAでocculttypeのCNVであり,7例中4例で漿液性PEDを認めた.PCVでは抗VEGF単独治療よりも,PDTを併用したほうがポリープ状病巣の閉塞が得られやすいことが報告されている.Choらは,抗VEGF単独治療が無効のPCV9例に抗VEGF療法併用PDTを行い,8例(89%)がIAとOCTで完全寛解が得られたと報告している7).また,EVERESTstudyによると,PCVにおけるポリープ状病巣の完全閉塞率はIVR単独では28.6%,PDTを併用すれば77.8%,PDT単独でも71.4%である14).本報告でもPDTを施行することで,IVR単独では閉塞が得られなかったポリープ状病巣が7例中6例(85.7%)で閉塞した.AMDに対するPDTは長期的には再発が多いことが報告されている11,12,15).本報告でも7例中3例が再発し,再治療を必要としなかったのは2例のみであった.また,症例1は初回PDTが無効のため再治療としてIVR併用PDTを施行したが,ポリープ状病巣は閉塞せず滲出性変化が残存した.症例1は,PDT前の中心窩網膜厚や病変面積が他症例と比較し著しく大きくはなかったが,最終IVRからPDTまでの期間が顕著に長かった(症例1は17カ月,他症例は6カ月以内).今後は,長期的な再発を減らせるような治療法や,症例1のようなIVR単独にもPDT単独にもIVR併用PDTにも抵抗性を有するAMD例の治療法が課題である.PCVに対するPDT後の残存異常血管網からの漏出に対しては抗VEGF薬単独治療が有効との報告がある16,17).Saitoらは,残存異常血管網からの漏出に対する治療でIVR単独治療を施行した群はPDT単独を施行した群よりも視力予後が良好であったと報告している17).本報告でも,症例5と症280あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013例6はポリープ状病巣が閉塞したが,PDT後3カ月以降に異常血管網からの漏出によるSRFの再発を認め,IVRを施行した.2例ともIVR後1カ月でSRFは完全に消失し,良好な視力を維持できた.PDT後に約4.5%の割合で重篤な視力低下をきたすという報告9)や,PDT後にVEGF産生が亢進するとの報告があること18)から,ポリープ状病巣が閉塞したあとの残存異常血管網からの漏出に対する再治療は,PDTではなく抗VEGF単独治療を行うべきと考えられる.AMDに対するPDTの国内臨床試験の結果に基づいて作成された日本版PDTガイドラインでは,治療前視力が0.5よりも良好な患者は12カ月後の視力が有意に低下していたという結果から,視力が0.5よりも良好な症例には「推奨」または「モニタリング」とされている19).本報告では,PDT前視力が0.5よりも良好な症例は2症例存在した(症例3が0.8,症例6が0.7).症例3は,中心窩下の漿液性PEDにより強い歪視の訴えがあったためPDTを施行した.症例6は,導入期中も最終IVR後も比較的急速にSRFが増加したため速やかにPDTを施行した.本報告のまとめとして,IVR反応不良PCV例にPDTを施行した.その結果,7例中6例はポリープ状病巣が閉塞し,OCT上滲出性変化の消失と視力の改善を認めた.解剖学的にIVRに反応不良なPCVに対するPDTは有効であった.文献1)BrownDM,MichelsM,KaiserPKetal;ANCHORStudyGroup:Ranibizumabversusverteporfinphotodynamictherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Two-yearresultsoftheANCHORstudy.Ophthalmology116:57-65,20092)RosenfeltPJ,BrownDM,HeierJSetal;MARINAStudyGroup:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20063)TanoY,OhjiM;EXTEND-IStudyGroup:EXTENDI:safetyandefficacyofranibizumabinJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmol88:309-316,20104)KoizumiH,YamagishiT,YamazakiTetal:Predictivefactorsofresolvedretinalfluidafterintravitrealranibizumabforpolypoidalchoroidalvasculopathy.BrJOphthalmol95:1555-1559,20115)正健一郎,尾辻剛,津村晶子ほか:ラニビズマブ硝子体注射における反応不良例の検討.眼臨紀4:782-784,20116)ArosaS,MckibbinM:One-yearoutcomeafterintravitrealranibizumabforlarge,serouspigmentepithelialdetachmentsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.Eye25:1034-1038,20117)ChoM,BarbazettoIA,FreundKB:Refractoryneovascularage-relatedmaculardegenerationsecondarytopoly(146) poidalchoroidalvasculopathy.AmJOphthalmol148:70-78,20098)StangosAN,GandhiJS,Nair-SahniJ:Polypoidalchoroidalvasculopathymasqueradingasneovascularage-relatedmaculardegenerationrefractorytoranibizumab.AmJOphthalmol150:666-673,20109)BresslerNM;TreatmentofAge-RelatedMacularDegenerationwithPhotodynamicTherapy(TAP)StudyGroup:Photodynamictherapyofsubfovealchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegenerationwithverteporfin:two-yearresultsof2randomizedclinicaltrials-tapreport2.ArchOphthalmol119:198-207,200110)JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(JAT)StudyGroup:PhotodynamictherapywithverteporfininJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration(AMD):resultsoftheJapaneseAMDTrial(JAT)extension.JpnJOphthalmol52:99-107,200811)TsuchiyaD,YamamotoT,KawasakiRetal:Two-yearvisualoutcomesafterphotodynamicinage-relatedmaculardegenerationpatientswithorwithoutpolypoidalchoroidalvasculopathylesions.Retina29:960-965,200912)GomiF,OhjiM,SayanagiKetal:One-yearoutcomesofphotodynamictherapyinage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathyinJapanesepatients.Ophthalmology115:141-146,200813)日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:日本ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.日眼会誌109:417-427,200514)KohA,LeeWK,ChenLJetal:EVERESTstudy:efficacyandsafetyofverteporfinphotodynamictherapyincombinationwithranibizumaboraloneversusranibizumabmonotherapyinpatientswithsymptomaticmacularpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:14531464,201215)AkazaE,YuzawaM,MoriR:Three-yearfollow-upresultsofphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.JpnJOphthalmol55:39-44,201116)WakabayashiT,GomiF,SawaMetal:Intravitrealbevacizumabforexudativebranchingvascularnetworksinpolypoidalchoroidalvasculopathy.BrJOphthalmol96:394-399,201217)SaitoM,IidaT,KanoM:Intravitrealranibizumabforpolypoidalchoroidalvasculopathywithrecurrentorresidualexudation.Retina31:1589-1597,201118)TatarO,AdamA,ShinodaKetal:ExpressionofVEGFandPEDFinchoroidalneovascularmembranesfollowingverteporfinphotodynamictherapy.AmJOphthalmol142:95-104,200619)TanoY;OphthalmicPDTStudyGroup:GuidelinesforPDTinJapan.Ophthalmology115:585-585.e6,2008***(147)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013281

ゾレドロン酸水和物静注後に生じた急性前部ぶどう膜炎の1例

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):273.275,2013cゾレドロン酸水和物静注後に生じた急性前部ぶどう膜炎の1例西岡木綿子*1,2中尾新太郎*1,2川野庸一*3石橋達朗*2*1国家公務員共済組合連合会千早病院眼科*2九州大学大学院医学研究院眼科学分野*3福岡歯科大学総合医学講座眼科学分野ACaseofAcuteAnteriorUveitisFollowingTreatmentwithZoledronicAcidYukoNishioka1,2),ShintaroNakao1,2),Yoh-IchiKawano3)andTatsuroIshibashi2)1)DepartmentofOphthalmology,ChihayaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3)SectionofOphthalmology,DepartmentofGeneralMedicine,FukuokaDentalCollege目的:ビスホスホネート製剤であるゾレドロン酸水和物投与後に発症した急性前部ぶどう膜炎の症例報告.症例:71歳,女性.51歳時に乳癌を発症し,右乳癌切除術後に抗癌薬治療を行っていた.多発性の骨転移に対して,ゾレドロン酸水和物の点滴投与が行われた.点滴投与日からの右眼の充血,流涙,眼痛と視力低下を主訴に千早病院眼科を受診した.矯正視力は右眼0.2,左眼1.2で,眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgであった.右眼に結膜充血,フィブリンを伴った強い前房内炎症や虹彩後癒着を認めたが,眼底には変化はみられなかった.左眼に炎症所見はみられなかった.全身検査にて他のぶどう膜炎の原因となりうる所見はなかった.副腎皮質ステロイド薬の点眼で2週間後にはぶどう膜炎は軽快し視力も改善し,結膜充血は3カ月後に消退した.結論:ビスホスホネート製剤投与後にぶどう膜炎や結膜炎が発症することがある.Purpose:Toreportacaseofanterioruveitisaftertheinfusionofbisphosphonates(zoledronicacid).Case:A71-year-oldfemale,diagnosedwithrightbreastcancerin1990,wastreatedwithmodifiedradicalmastectomyandadjuvantchemotherapy.Bonemetastaseswerediagnosed.Shewasadmittedwithpain,visualloss,andhyperemiainherrighteyeafterthefirstadministrationofzoledronicacid.Initialvisualacuitywas0.2righteyeand1.2left;intraocularpressurewas8mmHgrighteyeand9mmHgleft.Therighteyeshowedciliaryinjection,moderateamountofcellswithfibrinexudatesinanteriorchamberandposteriorsynechia.Therewasnoevidenceofvitreousinvolvementandnoretinalabnormality.Thepatientwastreatedwithtopicalprednisoloneandrecoveredslowlyover3months.Conclusion:Zoledronicacidmaycauseanterioruveitisandconjunctivitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):273.275,2013〕Keywords:ビスホスホネート,ぶどう膜炎,結膜炎.bisphosphonates,uveitis,conjunctivitis.はじめにビスホスホネート製剤は従来骨粗鬆症の治療薬として頻用されているが,その一つであるゾレドロン酸水和物は骨粗鬆症以外に,悪性腫瘍による高カルシウム血症,多発性骨髄腫や固形癌骨転移の骨病変治療の注射製剤としてわが国でも用いられるようになっている1).注射製剤の場合,副作用として投与直後から3日以内の発熱,筋肉痛,頭痛,関節痛,インフルエンザ様症状,また,顎骨壊死や顎骨骨髄炎の発生頻度が内服より高まることなどが注目されているが,欧米ではさらに結膜炎,ぶどう膜炎,強膜炎,眼窩炎症の発症が多く報告されている2.6).わが国での眼関連の副作用の報告はまれであるが,筆者らはゾレドロン酸水和物(ゾメタR)投与後にぶどう膜炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛,流涙.既往歴:51歳時に右乳癌切除術施行.52歳時,食道粘膜〔別刷請求先〕西岡木綿子:〒813-8501福岡市東区千早2丁目30番1号千早病院眼科Reprintrequests:YukoNishioka,M.D.,DepartmentofOpthalmology,ChihayaHospital,2-30-1Chihaya,Fukuoka813-8501,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(139)273 abab図1初診時右眼の前眼部所見a:結膜充血と角膜裏面沈着物があった.b:Descemet膜皺襞,前房中には細胞とフィブリンの析出,虹彩後癒着を認めた.下腫瘍.56歳時,縦隔腫瘍.63歳時に乳癌の骨転移を認めたため放射線治療・抗癌薬治療開始.現病歴:2011年9月21日に多発骨転移に対して千早病院(以下,当院)外科でゾレドロン酸水和物(ゾメタR)4mgの静脈注射を行い,注射後に38℃の発熱を認めた.また,同日から右眼充血,眼痛,流涙を自覚していた.同年9月28日,1週間前からの右眼の症状を主訴に当院眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.2(1.2×+3.00D(cyl.1.25DAx140°),眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgで,両眼とも白内障は軽度であった.右眼は結膜の充血が著明で,角膜には角膜裏面沈着物と中等度のDescemet膜皺襞があった.前房中には細胞(2+)の炎症反応とフィブリンの析出,虹彩後癒着を認めた(図1).網脈絡膜の炎症や硝子体混濁はなかった.左眼に異常はみられなかった.血液生化学検査では,白血球数4,340/μl,CRP(C反応性274あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013蛋白)0.01(0.0.2)mg/dlと炎症反応はみられなかった.ACE(アンギオテンシン変換酵素)22.7(7.7.29.4)IU/L,抗核抗体・抗SS-A抗体・抗SS-B抗体・抗RNP(ribonucleoprotein)抗体・抗Sm抗体は陰性で,Ig(免疫グロブリン)G1,388(870.1,700)mg/dl,IgA161(110.410)mg/dl,IgM130(46.210)mg/dlと正常範囲内であった.ウイルス抗体価はVZV(水痘帯状ヘルペスウイルス)が既感染パターンで,HSV(単純ヘルペスウイルス)やHTLV(ヒトTリンパ球向性ウイルス)-Iは陰性であった.HLA(ヒト白血球抗原)はA2,A24(9),B46,B52(5),DR8であった.経過:ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR0.1%)点眼,トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩合剤(ミドリンRP)点眼を開始した.翌日には,虹彩後癒着は解除され炎症も軽減していた.初診から1週間目には右眼視力0.4(1.0×+2.50D)と視力の改善がみられた.点眼回数を漸減し,2週間目には,眼内に炎症所見はみられなかった.しかし,結膜の充血のみが継続していたためベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンンR0.1%)点眼と,レボフロキサシン水和物(クラビットR)点眼に変更し経過観察した.3カ月後には,結膜の充血も軽快した.ゾレドロン酸水和物が原因によるぶどう膜炎が疑われたため,以後の本剤の投与は中止された.初診から12カ月後の現在まで,眼症状の再発はない.II考按眼に関するビスホスホネート製剤の副作用はわが国ではほとんど報告されていないが,欧米では1990年頃から報告があり7),視力低下,霧視,眼痛,結膜充血,結膜炎,ぶどう膜炎,強膜炎,視神経浮腫など多様である2.6).本症例は注射用製剤のゾレドロン酸水和物(ゾメタR)を投与後に発熱し,同日,眼症状が出現している.ぶどう膜炎の原因を特定できるような検査所見や眼外症状はみられなかったため,ゾレドロン酸水和物(ゾメタR)によりぶどう膜炎を発症したと診断した.また,内眼炎症状が軽快した後約3カ月間持続した結膜充血も過去の報告から本薬剤の影響を否定できないと考えた.ぶどう膜炎や眼窩炎症の発症のメカニズムははっきりしていない.体内に入ったビスホスホネートのおよそ50%はそのまま腎臓から排出されるが,残りは,骨組織に親和性をもち骨表面に沈着する.破骨細胞が骨を破壊するときに細胞内に取り込まれ,取り込まれたビスホスホネートが破骨細胞のアポトーシスを誘導し,破骨細胞の寿命を縮めて骨病変の進行や症状の発現を抑えるといわれている.Dicuonzoらは,ゾレドロン酸水和物(ゾメタR)を投与した18名の患者の血中TNF(腫瘍壊死因子)-a,IFN(インターフェロン)-gと(140) IL(インターロイキン)-6の経時的変化を測定し,TNF-aは投与1日目と2日目,IL-6は投与1日目に上昇し,しかも,投与後に発熱があった群となかった群では,発熱があった群が優位に上昇していたと報告している8).ビスホスホネートはヒトのgdT細胞の活性化を起こすことが報告されていて9),本症例では,ぶどう膜炎発症時にCRPの上昇はなかったが静注後に発熱がみられたため,やはり自然免疫系の細胞への作用が,早期の眼および眼周囲の炎症反応をひき起こしたと考えられた.ビスホスホネート製剤には,経口製剤と注射用製剤があり,経口製剤では胃の不調や食道の炎症,びらんなどの上部消化器症状がおもな副作用で,内服後30分から60分間座っていることで予防できる.一方,注射用製剤では,発熱,筋肉痛,頭痛,関節痛や,インフルエンザ様の症状など従来の内服製剤では頻度的にあまり問題にならなかった全身的な副作用が増加することが知られている.これはビスホスホネート製剤が経口投与では腸管からの吸収が悪いのに対して静注剤では早期に効能を発揮することに起因することと考えられる.ビスホスホネート製剤は,構造の違いで3世代に分けられる.第一世代は側鎖に窒素を含まず,第二世代は側鎖に窒素を含むが,環状構造を有しない.第三世代は側鎖に窒素を含み環状構造を有する.近年注目されているビスホスホネート関連顎骨壊死は窒素含有注射剤での頻度が高いといわれている1).Fredericらは,2003年に,ビスホスホネート製剤の世代ごとの眼に関する副作用をまとめ,第一世代では視力低下や結膜炎,第二世代では視力低下,ぶどう膜炎,結膜炎や強膜炎,第三世代では結膜炎や強膜炎がみられたと報告している10).本症例に使用されたのは第三世代のビスホスホネート製剤で,現在臨床応用されているビスホスホネート製剤のなかでは強力なハイドロキシアパタイト親和性と破骨細胞活性抑制作用をもち,比較的副作用が少ないといわれているが,2012年にPetersonらはゾレドロン酸水和物の静注後に発症した眼窩炎症の1例とビスホスホネート製剤投与後に眼に副作用の出現した14症例の特徴をまとめて報告している11).報告では,ゾレドロン酸水和物の静注12時間後に左眼痛と側頭部痛を認め,左上下眼瞼の腫脹,結膜浮腫を示し,ステロイド薬の全身投与でようやく消炎が得られている.14症例のうち10症例が片眼性であり,発症時期もゾレドロン酸水和物の静注後3日以内がほとんどであったが,内服製剤では,投与3週間目に発症した症例もあった.ビスホスホネート製剤はステロイド性骨粗鬆症に対しての第一選択として推奨されている.一般的にプレドニゾロン換算5mg/日以上,3カ月以上の使用は骨折リスクが上昇するとして骨粗鬆症の治療対象である.眼疾患の原田病やサルコイドーシスなどでもステロイド薬の長期投与が必要なこともあり,ビスホスホネート製剤の副作用でぶどう膜炎,強膜炎,眼窩炎症が起こる可能性があること,特に静注製剤において投与後早期の発症がありうることを眼科医として認識しておくことが大切と考えられた.文献1)折茂肇:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2011年版,ライフサイエンス出版,20112)WooTC,JosephDJ,WilkinsonR:SeriousocularcomplicationsofZoledronate.ClinOncol18:545-546,20063)KilickapS,OzdamarY,AltundagMKetal:Acasereport:zoledronicacid-inducedanterioruveitis.MedOncol25:238-240,20084)PhillipsPM,NewmanSA:Orbitalinflammatorydiseaseafterintravenousinfusionofzoledronatefortreatmentofmetastaticrenalcellcarcinoma.ArchOphthalmol126:137-139,20085)FrenchDD,MargoCE:Postmarketingsurveillanceofuveitisandscleritiswithbisphosphonatesamonganationalveterancohort.Retina28:889-893,20086)McKagueM,JorgensonD,BuxtonKA:Ocularsideeffectsofbisphosphonates.Acasereportandliteracturereview.CanFamPhysician56:1015-1017,20107)SirisES:Bisphosphonatesandiritis.Lancet341:436437,19938)DicuonzoG,VincenziB,SantiniDetal:FeverafterzoledronicacidadministrationisduetoincreaseinTNF-aandIL-6.JInterferonCytokineRes23:649-654,20039)KuzmannV,BauerE,WilheimM:Gamma/deltaT-cellstimulationbypamidronate.NEnglJMed340:737-738,199910)FrederickW,FrederickT:Bisphosphonatesandocularinflammation.NEnglJMed348:1187-1188,200311)PetersonJD,BedrossianEHJr:Bisphosphonate-associatedorbitalinflammation─acasereportandreview.Orbit31:119-123,2012***(141)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013275

1 ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差と視力:3 ピースとの比較

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):269.272,2013c1ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差と視力:3ピースとの比較宮田和典片岡康志本坊正人尾方美由紀南慶一郎宮田眼科病院RefractiveErrorandVisualAcuityofEyeswithOne-pieceDiffractiveMultifocalIntraocularLenses:ComparisonwithThree-pieceKazunoriMiyata,YasushiKataoka,NaotoHonbou,MiyukiOgataandKeiichiroMinamiMiyataEyeHospital1ピース回折型多焦点眼内レンズ(IOL)の術後1カ月の臨床成績を,同プラットフォームを有する3ピースIOLと比較した.対象は,1ピース多焦点IOLZMB00(AMO)を挿入した12例23眼(平均年齢63.1±10.1歳,1ピース群)と,3ピース多焦点IOLZMA00(AMO)を挿入した16例23眼(平均年齢58.7±15.7歳,3ピース群).術後1カ月までの,裸眼遠方視力,矯正遠方視力,裸眼近方視力,遠方矯正下近方視力,および屈折誤差を比較検討した.また,眼軸長,および角膜屈折力の屈折誤差への影響も検討した.IOL度数ずれによる裸眼近方視力と屈折誤差以外は,両群に差はなかった.3ピース群でみられた眼軸長と角膜屈折力による屈折誤差の変動は1ピース群ではなかった.度数決定では注意を要するが,ZMB00により良好な裸眼遠近視力が得られると考えられた.Clinicaloutcomesofthe1-piecediffractivemultifocalintraocularlens(IOL)at1monthpostoperativelywerecomparedwiththoseofthe3-pieceversionwiththesameplatform.Receivingthe1-piecemultifocalIOLZMB00were23eyesof12patients(1-piecegroup);receivingthe3-pieceIOLZMA00were23eyesof16patients(3-piecegroup).Uncorrecteddistance,best-correcteddistance,uncorrectednear,anddistance-correctednearvisualacuities,aswellasrefractionerrorfortheimplantedIOLuntil1monthpostoperatively,werecompared.Influencesofaxiallengthandkeratometryonrefractionerrorwerealsoexamined.Differencewasnotedonlyforuncorrectednearvisualacuityandrefractionerror.Associationwithaxiallengthorkeratometrywasobservedinthe3-piecegroup,whereasnotinthe1-piecegroup.Withcarefulconsiderationinpowercalculation,ZMB00providedfavorableuncorrecteddistanceandnearvisualacuities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):269.272,2013〕Keywords:多焦点眼内レンズ,1ピース,3ピース,屈折誤差.multifocalintraocularlens,1-piece,3-piece,refractionerror.はじめに白内障術後に良好な裸眼視力を得るためには,術後の屈折誤差と乱視をできるだけ小さくすることが必要である.光学式による眼軸長測定と第三世代以降の眼内レンズ(IOL)度数計算法を用いることで,ほとんどの症例では,正確なIOL度数決定を容易かつ正確に行え,術後の屈折誤差は十分小さくなった.一方,乱視に対しては,手術で惹起される乱視を最小限に抑えることが重要となる.そのため,小切開から挿入可能な1ピース形状のIOLがより望ましいことは明らかである.3ピース形状の非球面IOLZA9003(AMO)と,同一プラットフォームの1ピース形状IOLZCB00(AMO)の術後早期成績の検討では,ZA9003は,眼軸長,角膜曲率による屈折誤差が変動したが,ZCB00は変動がなく,良好に.内固定されていると示唆された1).しかし,1ピースのZCB00ではA定数(理論値)による遠視化がみられた.最新の回折型多焦点IOLを挿入することで,良好な裸眼〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(135)269 遠近視力を得ることは可能である2,3)が,多焦点IOLのメリットを享受するには,より高レベルの屈折誤差と乱視の管理が必要で4),特に,術後角膜乱視は,1.0Dを超えると裸眼視力が顕著に低下すると報告されている5).そのため,多焦点IOLの1ピース化は,医原性乱視を抑える意味で単焦点IOL以上に重要である.よって,同じプラットフォームの単焦点IOLでみられた問題点と,その影響を確認することは重要である.今回,1ピース回折型多焦点IOLの術後1カ月の臨床成績を,3ピース多焦点IOLと比較検討した.I対象および方法対象は,2011年10月から2012年6月に宮田眼科病院にて白内障手術を受け,1ピース回折型多焦点IOLZMB00(AMO)を挿入した12例23眼(1ピース群)である.対照群は,2009年8月から2011年4月に3ピース回折型多焦点IOLZMA00(AMO)を挿入した16例23眼(3ピース群)である.この後ろ向きの検討は,宮田眼科病院の倫理審査委員会の承認を得たのち,ヘルシンキ宣言に沿って実施された.患者の背景は表1に示す.両群間に有意差はなかった.1ピース群は,2.4mm幅の強角膜1面切開より水晶体を超音波乳化吸引し,水晶体.にZMB00を専用インジェクターで挿入した.3ピース群は,2.75mm幅の強角膜3面切開,あるいは,強角膜1面切開により白内障除去術,同様に,インジェクターで水晶体.に挿入した.全例,単一術者により,切開以外は同一の術式で行った.術中合併症はなかった.IOL度数は,眼軸長を光干渉式IOLマスター(Zeiss)と超音波式で,角膜屈折力をオートケラトメータARK-700(NIDEK)で測定し,A定数(理論値:ZMB00は118.8,ZMA00は119.1)を用いて,正視狙いでSRK/T式で求めた.術後1日,1週,1カ月の視力,屈折誤差を比較検討した.視力は,裸眼遠方視力(uncorrecteddistancevisualacuity:UDVA)と矯正遠方視力(correcteddistancevisualacuity:CDVA),および,30cmにおける裸眼近方視力(uncorrectednearvisualacuity:UNVA)と遠方矯正下近方視力(distancecorrectednearvisualacuity:DCNVA)を測定した.視力は,小数視力をlogarithmicminimumangleofresolution(logMAR)視力に変換して評価した.屈折誤差は,挿入IOL度数での予想術後屈折値と自覚等価球面度数との差とした.さらに,1ピースIOLにおける.内固定位置の安定性と術後屈折との関係を調べるため,眼軸長(超音波式),または角膜屈折力と術後1カ月の屈折誤差との関係も評価した.両群間の視力はMann-WhitneyのU検定で,それ以外は対応のないt検定で評価した.眼軸長と角膜屈折力の影響は,回帰分析を行い,相関の有無を調べた.p<0.05を統計学的に有意差ありとした.結果は,平均±標準偏差で表記する.II結果術後1日,1週,1カ月の遠方視力(UDVAとCDVA),近方視力(UNVAとDCNVA)を図1,2に示す.UDVAおよびCDVAは,術後1日から1カ月において両群間に差はなかった.近方視力では,1ピース群のUNVAは,術後1日(平均小数視力:0.48,以下同様),1週(0.69),1カ月(0.79)と,3ピース群(それぞれ,0.73,0.87,0.90)に比較して有意に低かった(p=0.012,0.019,0.025).DCNVAでは,術後1日は1ピース群(平均小数視力:0.73)が3ピース群(0.92)より有意に低かった(p=0.02)が,1週後は両群間に差はなかった.術後1カ月の等価球面度数は,1ピース群が0.33±0.22D,3ピース群が0.19±0.48Dで群間差はなく,角膜乱視はそれぞれ1.17±0.60D,0.80±0.45Dと1ピース群が有意に大きかった(p=0.04).1ピース群の屈折誤差は,術後1日で0.52±0.46D,1週で0.38±0.36D,1カ月で0.43±0.27Dと,3ピース群の屈折誤差が術後1日で0.13±0.52D,1週で0.09±0.40D,1カ月で.0.01±0.47Dに対して,各観察時で有意に遠視化した(p=0.009,0.012,0.001)(図3).眼軸長,および,角膜屈折力の屈折誤差への影響を図4に示す.1ピース群では,眼軸長,角膜屈折力に対して有意な相関関係はみられなかったが,3ピース群では,眼軸長が短くなる(p=0.0013,r2=0.357),または角膜屈折力が大きくなる(p<0.0075,r2=0.262)と有意に近視化する傾向を示した.表11ピースと3ピースの回折型多焦点IOLを挿入した対象の背景1ピース群(IOL:ZMB00)年齢(歳)63.1±10.1眼軸長(超音波式)(mm)24.17±1.28(22.1.26.6)術前前房深度(mm)3.28±0.41(2.31.4.09)術前角膜乱視度数(D)0.96±0.52(0.25.2.50)術前暗所瞳孔径(mm)5.75±0.78挿入IOL度数(D)18.4±3.9(10.5.24.5)平均±標準偏差(範囲).p値:対応のないt検定.3ピース群(IOL:ZMA00)58.7±15.723.94±1.61(21.5.27.9)3.16±0.48(1.98.4.21)0.71±0.46(0.00.2.25)5.33±0.9919.2±4.8(7.5.25.0)p値0.420.590.350.090.130.54270あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(136) :1ピース群:3ピース群:1ピース群:3ピース群0.80.80.8:1ピース群:3ピース群LogMAR視力:1ピース群:3ピース群p=0.012p=0.019p=0.0250.60.60.6:1ピース群:3ピース群p=0.020LogMAR視0.40.40.40.20.20.20.00.00.0-0.2-0.2-0.2-0.2-0.41D1W1M-0.41D1W1M-0.41D1W1M-0.41D1W1M図1裸眼遠方視力(左)と矯正遠方視力(右)図2裸眼近方視力(左)と遠方矯正下近方視力(右)p:両群間に有意差あり(Mann-Whitney検定).1.0p=0.009p=0.012p=0.001:1ピース群:3ピース群2.01.5y=-0.1505x+6.6641r2=0.262●:1ピース群○:3ピース群1.0y=0.1731x-4.1319r2=0.35650.50.51.51.0屈折誤差(D)屈折誤差(D)0.50.00.00.0-0.5-0.5-1.0-1.0-1.5-0.51D1W1M図3屈折誤差p:両群間に有意差あり(対応のないt検定).III考按本比較では,1ピース群の術後遠方視力は,屈折誤差が遠視化していたが,3ピース群と同様に良好であった.また,3ピース群でみられた眼軸長と角膜屈折力による屈折誤差の変動はなかった.同一のアクリル素材,非球面光学,および,支持部形状をもつ単焦点IOLにおける1ピースと3ピースの比較でも,遠方視力は同等であり,1ピースIOLにおける遠視化,3ピースIOLにおける角膜屈折力と眼軸長の影響が,同様に報告されている1).3ピース群はUNVAが有意に良好であったが,その要因として,自覚屈折値と角膜乱視が考えられる.術後の角膜乱視は1ピース群のほうが有意に大きかったが,多焦点IOLにおける角膜乱視の影響は近方視力より遠方視力のほうが大きい5)ことと,裸眼遠方視力に差はないことから,角膜乱視の影響は少ないと考えられる.一方,自覚屈折値は,有意差はないものの1ピース群(0.33±0.22D)は3ピース群より大きく,遠視化していた.このことから,屈折誤差が主たる要因と考えられた.1ピース群の屈折誤差は遠視化していた.1ピース単焦点IOLでも同様で,A定数の検討が指摘されている1).1ピー-2.0202224262830-1.5404550眼軸長(mm)角膜屈折力(D)図4眼軸長(左)と角膜屈折力(右)の屈折誤差への影響3ピース群はともに有意な相関を示した(回帰直線は実線)が,1ピース群は相関はなかった.スIOLのA定数(理論値)は118.8であるが,IOLマスターのULIBでは119.7に更新されている.症例数が十分ではないが,本検討症例に対して屈折誤差がゼロとなるA定数を求めると119.35となった.多焦点IOLにおける遠視化は,裸眼近方視力の低下をもたらすため6,7),1段階小さい度数の選択,SRK/T以外の度数計算法の使用,A定数の修正などの対応を行うことが必要である.3ピース群の屈折誤差は,眼軸長と角膜屈折力と相関を示した.変動は単焦点IOLの結果より小さいが,軸性近視眼では遠視化,屈折性近視では近視化することが示唆される1,8).ZMA00使用時には,SRK/Tのみで度数計算するのではなく,他のIOL度数計算により確認することが必要と考える.1ピースのZMB00では,眼軸長と角膜屈折力による変動がないことから,ZCB00と同様に,良好な術後の.内固定が得られていると示唆された.文献1)宮田和典,片岡康志,松永次郎ほか:1ピース非球面眼内レンズZCB00の早期臨床成績.あたらしい眼科29:14151418,2012(137)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013271 2)片岡康志,大谷伸一郎,加賀谷文絵ほか:回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の視機能に対する検討.眼科手術23:277-281,20103)AgrestaB,KnorzMC,KohnenTetal:Distanceandnearvisualacuityimprovementafterimplantationofmultifocalintraocularlensesincataractpatientswithpresbyopia:asystematicreview.JRefractSurg28:426-435,4)deVriesNE,WebersCA,TouwslagerWRetal:Dissatisfactionafterimplantationofmultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:859-865,20115)HayashiK,ManabeS,YoshidaMetal:Effectofastigmatismonvisualacuityineyeswithadiffractivemultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg36:1323-1329,20106)MuftuogluO,PrasherP,ChuCetal:Laserinsitukeratomileusisforresidualrefractiveerrorsafterapodizeddiffractivemultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:1063-1071,20097)LeeES,LeeSY,JeongSYetal:EffectofpostoperativerefractiveerroronvisualacuityandpatientsatisfactionafterimplantationoftheArraymultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg31:1960-1965,20058)NawaY,UedaT,NakatsukaMetal:Accommodationobtainedper1.0mmforwardmovementofaposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg29:2069-2072,2003***272あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(138)

Trabectome® を用いた線維柱帯切開術の短期成績

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):265.268,2013cTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績石田暁*1,2庄司信行*3森田哲也*2高郁嘉*4春木崇宏*2笠原正行*2清水公也*2*1海老名総合病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学*4社会保険相模野病院眼科Short-periodSurgicalOutcomeofTrabeculotomybyTrabectomeRAkiraIshida1,2),NobuyukiShoji3),TetsuyaMorita2),AyakaKo4),TakahiroHaruki2),MasayukiKasahara2)KimiyaShimizu2)and1)DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,SchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopicsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences,4)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceSagaminoHospitalTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績を報告する.対象は2010年12月より2011年7月までに北里大学病院眼科にて手術を行った34例40眼.年齢は19.85歳(平均63.6歳),術前眼圧は19.64mmHg(平均31.9mmHg),術後の観察期間は1カ月.8カ月(平均4.4カ月)であった.白内障同時手術は13例16眼であった.病型は原発開放隅角緑内障14例16眼,落屑緑内障9例10眼,ステロイド緑内障3例5眼,ぶどう膜炎続発緑内障3例4眼,術後続発緑内障2例2眼,発達緑内障2例2眼,高眼圧症1例1眼であった.術後3カ月の眼圧は16.2±3.8mmHgと有意に下降し(p<0.01),眼圧下降率は43%であった.薬剤スコアは術前平均4.8±1.9点から術後3カ月で3.1±1.1点と減少した(p<0.01).線維柱帯切除術の追加手術を要したのは3眼(7.5%)であった.低眼圧,感染症はみられなかった.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術は10台後半の眼圧を目指した開放隅角緑内障に対する手術として期待できる.Wereporttheshort-periodsurgicaloutcomeoftrabeculotomyusingtheTrabectomeRforopenangleglaucoma.Thisstudycomprised40eyesof34glaucomapatientswhounderwentsurgeryattheDepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,betweenDecember2010andJuly2011,including16casesofTrabectomeRphacoemulsificationsurgery.Patientmeanagewas63.6years±17.9(19.85years)withmeanfollow-upof4.4±1.9months(1.8months).Preoperativemeanintraocularpressure(IOP)of31.9±11.2mmHgsignificantlydecreasedto16.2±3.8mmHg(p<0.01)witha43%decreaserateat3monthspostoperatively.Themedicationscoredecreasedfrom4.8±1.9to3.1±1.1at3months(p<0.01).Anteriorchamberirrigationwasrequiredin4eyes(10%)duetohemorrhage;3eyes(7.5%)requiredadditionaltrabeculectomy.Therewasnohypotonyorinfection.TrabeculotomywiththeTrabectomeRcanbeeffectivefortreatingopenangleglaucomawiththeaimofachievinggoodIOPcontrolinthehighteens.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):265.268,2013〕Keywords:TrabectomeR,線維柱帯切開術,手術成績,開放隅角緑内障.TrabectomeR,trabeculotomy,surgicaloutcome,openangleglaucoma.はじめに年9月には厚生労働省より認可がおり日本でも使用できるよ開放隅角緑内障に対する流出路再建術である線維柱帯切開うになった.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の特徴術を眼内からのアプローチによって行う,TrabectomeRととしては,結膜が温存できるため線維柱帯切除術などの追加いう器具を用いた手術が米国では2004年から始まり,2010手術に影響を与えないこと,角膜小切開創から施行できるこ〔別刷請求先〕石田暁:〒243-0433海老名市河原口1320海老名総合病院眼科Reprintrequests:AkiraIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,1320Kawaraguchi,Ebina,Kanagawa243-0433,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(131)265 と,手術時間が約10.15分ほどで短く,重篤な術後合併症が少ないことがあげられ,低侵襲および手技が比較的容易な手術といわれている1.3).今回筆者らは,TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績について報告する.I対象および方法対象は2010年12月から2011年7月までの間に北里大学病院眼科(以下,当院)でTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術を行った34例40眼である.内訳は男性24例29眼,女性10例11眼であった.平均年齢は63.6±17.9歳(平均±標準偏差)(19.85歳),平均経過観察期間は4.4±1.9カ月(1カ月.8カ月)であった.病型は原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)14例16眼,落屑緑内障9例10眼,ステロイド緑内障3例5眼,ぶどう膜炎続発緑内障3例4眼,術後続発緑内障2例2眼,発達緑内障2例2眼,高眼圧症(ocularhypertension:OH)1例1眼であった.全例が点眼,内服にても目標眼圧の得られない症例で,TrabectomeR手術研究会で定められている患者選定基準に従い,隅角はShaffer分類2.4度であり,鼻側に周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)がないことを確認した.TrabectomeRの装置は灌流と吸引の制御装置と電気焼灼装置,そこに接続されたディスポーザブルのハンドピースからなり,ハンドピースの先端のフットプレートをSchlemm管に挿入し,先端の電極から発生するプラズマによって線維柱帯を電気焼灼する.ハンドピースの先端は19.5ゲージで1.7mmの角膜切開からの手術が可能となっている.術式は全例角膜耳側切開で,TrabectomeR単独では1.7mm,白内障手術併用では2.8mmの切開幅で手術を施行した.有水晶体眼でのTrabectomeR単独が8例10眼,偽水晶体眼でのTrabectomeR単独が13例14眼,白内障手術併用が13例16眼であった.眼圧値と眼圧下降率,薬剤スコアについて術前後で比較し,手術の合併症についても検討した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて測定した.薬剤スコアは緑内障点眼薬を1点,配合点眼薬を2点,アセタゾラミド250mg内服は1錠1点とした.抗緑内障薬は原則として術後も継続し,眼圧下降の程度に応じて適宜漸減した.また,PASの形成を予防するために2%塩酸ピロカルピンを追加し,術後のPAS形成の程度をみながら漸減,中止した.2%塩酸ピロカルピンは1点として薬剤スコアに加えた.なお,眼圧と薬剤スコアの検定に関してはDunnett法を用い,術式別の眼圧と薬剤スコアの検定に関してはScheffe法を用いて統計学的検討を行い,有意水準5%未満を有意差ありとした.II結果術前後の眼圧経過と眼圧下降率を表1および図1に示す.術前眼圧は31.9±11.2mmHg,術後眼圧・眼圧下降率は術後1カ月で15.9±5.1mmHg・46%(n=39),術後3カ月では16.2±3.8mmHg・43%(n=32),術後6カ月では17.4±5.7mmHg・37%(n=18)であった.術前と比較し術後各時点で有意に眼圧下降した(p<0.01).薬剤スコアを図2に示す.薬剤スコアは,術前平均4.8±1.9点から術後7日までは一次的に上昇を認めるものの,術表1術後眼圧経過眼圧(mmHg)下降率(Mean±SD)(Mean±SD)症例数術前術後1日術後1週術後2週術後1カ月術後3カ月術後6カ月31.9±11.2(19.64)16.9±9.0*(7.58)18.8±9.9*18.3±7.7*(10.56)(9.42)15.9±5.1*(10.36)16.2±3.8*(11.27)17.4±5.7*(12.31)4044±30%4036±41%4040±20%3946±19%3943±24%3237±33%18*p<0.01:Dunnett法.(Mean±SD)()内は症例数術後日数図1術後眼圧経過(Mean±SD)()内は症例数*p<0.01:Dunnett法4.8±1.9(40)5.7±1.9(40)5.1±2.0(40)4.5±1.6(39)4.1±1.4(39)3.1±1.1*(32)2.9±1.6*(18)薬剤スコア(点)9876543210術前1週2週1カ月3カ月6カ月1日術後日数図2薬剤スコア*p<0.01:Dunnett法1日706050403020100術前1週2週1カ月3カ月6カ月16.9±9.0*(40)18.3±7.7*(39)15.9±5.1*(39)16.2±3.8*(32)17.4±5.7*(18)18.8±9.9*(40)眼圧(mmHg)31.9±11.2(40)266あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(132) 表2手術合併症・逆流性出血40眼(100%)・術後1日前房出血34眼(85.0%)・周辺虹彩前癒着9眼(22.5%)・創口離開1眼(2.5%)・角膜上皮障害2眼(5.0%)・遷延性眼圧上昇(術後3カ月眼圧>21mmHg)3眼(9.4%)・追加手術(前房洗浄)4眼(10.0%)・追加手術(線維柱帯切除術)3眼(7.5%)・一過性眼圧上昇3眼(7.5%)(術後3日までに術前眼圧より5mmHg以上上昇)・低眼圧0眼(0%)・感染症0眼(0%)後1カ月で4.1±1.4点(n=39),術後3カ月で3.1±1.1点(n=32),術後6カ月で2.9±1.6点(n=18)と減少した.術前と比較し,術後3カ月,術後6カ月で有意に減少した(p<0.01).手術合併症を表2に示す.合併症では,術中の逆流性出血は全症例で生じ,術翌日の前房出血は34眼(85.0%)にみられたが,ほとんどの症例は1週間以内に吸収された.遷延性の前房出血のため前房洗浄を要したのは4眼(10.0%)であった.眼圧下降不良のため線維柱帯切除術の追加手術を要したのは3眼(7.5%)であり,1眼は前房洗浄を施行するも高眼圧が持続したPOAGの症例で,他の2眼はPOAGとOHの症例で,切開部に広範囲のPAS形成が認められた.そのため,切開部の広い範囲にPASが形成されると,これが眼圧上昇の一因になるのではないかと考えて,顕著な眼圧上昇がみられる前に処置を施行した眼は9眼(22.5%)であった.内訳はレーザーでの切離が8眼,前房洗浄の際に隅角癒着解離術を併用したのが1眼であった.術後3カ月で眼圧が21mmHgより高い,遷延性の眼圧上昇は32眼中3眼(9.4%)であった.角膜上皮障害は2眼(5.0%)でみられたが,術後4日目以内には軽快した.創口離開は白内障手術併用例で1眼(2.5%)あり,術当日の眼圧が0mmHgで創口からの漏出と考えられたが,経過観察で翌日に眼圧は回復した.低眼圧,感染症はみられなかった.術式別の検討も行い,白内障手術併用群と,TrabectomeR単独で偽水晶体群・有水晶体群に分けて比較した.術後眼圧では,術前および術後3カ月までは3群間に有意差は認められなかった.6カ月の時点では,白内障手術併用群が22.2±7.7mmHg(n=6)で,TrabectomeR単独で偽水晶体眼群13.7±1.7mmHg(n=7)と比べ有意に高い(p<0.05)結果であった.ただし,白内障手術併用群の6カ月時点の眼圧には,追加手術の適応だが希望せず約半年間通院を自己中断していた1例2眼が含まれている.術式別の薬剤スコアでは,術前・術後とも有意差は認めなかった.(133)III考按日本においては開放隅角緑内障に対し,濾過手術として線維柱帯切除術,流出路再建術として線維柱帯切開術が症例に応じて使い分けられている.一方,米国や西欧諸国においては,成人の開放隅角緑内障に対する手術は線維柱帯切除術が標準術式とされている.線維柱帯切開術や隅角切開術はおもに小児の発達緑内障に対し行われている.線維柱帯切除術は良好な眼圧下降を得られるが,濾過胞のトラブルなど重篤な合併症を伴う可能性がある.こうしたなか,成人の開放隅角緑内障に対する流出路再建術としてTrabectomeRが2004年に米国のFDA(食品・医薬品局)で承認され,TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が始められた.2010年9月には厚生労働省に承認され,日本でもTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が行われている.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が従来の線維柱帯切開術と比べて有利な点は,結膜が温存できるため線維柱帯切除術やインプラントなどの追加手術が施行できることである.低眼圧,脈絡膜出血,濾過胞炎や眼内炎などの感染症といった重篤な合併症は少なく,しかもTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術で眼圧下降が不十分であったり,長期経過で視野悪化がみられた場合には,結膜瘢痕化の問題なく線維柱帯切除術などが施行できる.また,角膜小切開創から施行でき,手術時間も約10.15分ほどと短いため,侵襲が少なく手技が比較的容易な手術といえる1.4).眼圧・眼圧下降率は,当院では術前眼圧は31.9±11.2mmHg,術後3カ月で16.2±3.8mmHg・43%(n=32),術後6カ月で17.4±5.7mmHg・37%(n=18)であった.日本では,渡邉が術前眼圧は25.9±9.2mmHg(n=24),術後3カ月で16.7±3.0mmHg・28.3%(n=19),術後6カ月で17.7±2.4mmHg・21.4%(n=20),術後12カ月で16.3±4.0mmHg・29.2%(n=22)と報告している4).海外では,Mincklerらが術前眼圧は23.8±7.7mmHg(n=1,127),術後24カ月で16.5±4.0mmHg・39%(n=50)と報告している5).Mosaedらは,最終の眼圧が21mmHg未満で,術後3カ月で術前眼圧より20%低下し,追加の緑内障手術を要さなかった場合を成功と定義し,TrabectomeR手術単独538例で成功率64.9%,成功例での術前眼圧は26.3±7.7mmHg,術後12カ月で16.6±4.0mmHg・31%,白内障手術併用290例で成功率86.9%,成功例での術前眼圧は20.2±6.0mmHg,術後12カ月で15.6±3.7mmHg・18%と報告している6).これら過去の報告では,1年以上の経過で眼圧下降率は18.39%と報告によりやや幅があるが,眼圧値は16mmHg前後に落ち着くことが多いようである.当院の結果は術後3カ月,6カ月までは眼圧16.18mmHgとやや高めであるが,眼圧下降率は40%前後と良好で,日本の渡邉の報告4)と術あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013267 後6カ月まではほぼ同様の眼圧値であった.おおむね,過去の報告と同様の結果と思われる.薬剤スコアは,術前平均4.8±1.9点から術後7日までは一次的に上昇を認めるものの,術後1カ月で4.1±1.4点(n=39),術後3カ月で3.1±1.1点(n=32),術後6カ月で2.9±1.6点(n=18)と減少した.渡邉は術前平均3.5点から術後6カ月で2.2点と報告している4).Mincklerらは術前平均2.8点から術後24カ月で1.2点と報告している5).MosaedらはTrabectomeR単独で術前平均2.88±1.30点から術後12カ月で2.09±1.35点,白内障手術併用で術前平均2.54±1.07点から術後12カ月で1.69±1.33点と報告している6).当院では術前平均4.8点と過去の報告よりやや高めであった.当院では手術決定から手術日までの間,一時的にアセタゾラミド内服を処方することが多く65%の症例で内服しており,このため術前薬剤スコアが高めとなったのではないかと考えられる.過去の報告ではいずれも術後に薬剤スコアが減少しており,当院でも同様に減少していた.当院では術後6カ月で2.9点と過去の報告よりやや高めであったが,平均して2剤中止することが可能であった.点眼薬を中止する時期に関しては,術後眼圧の経過と炎症の程度や隅角のPASの程度をみながらになるが,隅角の所見と眼圧下降の程度は個々の症例によっても異なり,点眼を中止しても眼圧上昇しないかの判断はむずかしく,今後も検討していく必要がある.当院での合併症は,過去の報告と同様の傾向であった.逆流性出血とそれによる前房出血が高頻度に認められるものの,1.2週間以内に消失する.線維柱帯切除術の追加手術は当院では7.5%,過去の報告では2.7.8.3%,術後3日までの一過性眼圧上昇は当院では7.5%,過去の報告では5.4.16.7%であった4.7).脈絡膜出血,低眼圧の持続や感染症など重篤な合併症は報告がない.他に,過去の報告では頻度の明確な記載がないが,当院では術後に処置を要したPAS形成が22.5%,遷延性の前房出血のための前房洗浄が10.0%あった.重篤な合併症が少ないことは当院も過去の報告も共通していた.PASは,術後の隅角の広さにも関係すると思われるが,術中に生じた線維柱帯組織の遺残物(いわゆるデブリス)や吸収の遅かった出血,フィブリンなどのために形成されたと推測される.線維柱帯切開術の術後に生じるPASと同様の機序で形成されることが考えられるが,線維柱帯切開術の術後に生じたPASは必ずしも眼圧上昇をもたらすとは限らないといわれており,今回のTrabectomeRにおいてもPASの影響はよくわかっていない.筆者らは,切開部位に広範囲に生じたPASが房水流出の妨げになる可能性を考えてレーザーによる癒着の解除や前房洗浄時に癒着解離術を行ったが,この処置が適切であったかどうかは判断がむずかしい.実際に9眼中3眼は処置後に眼圧が下降したが,変わらない場合も多く,2眼は逆に上昇した.PASの形成と眼圧上昇の関連,そしてこれに対して処置が必要か否かについては今後の検討が必要である.白内障手術により眼圧下降することは知られており,過去の報告においても白内障手術を併用すると成功率が高いという報告がある6).このため,白内障手術併用群と,TrabectomeR単独で偽水晶体群・有水晶体群に分けて比較した.当院の結果では,予想に反し術後6カ月時点の眼圧は白内障手術併用群がTrabectomeR単独で偽水晶体眼群と比べ有意に高い結果であった.しかし,対象症例も少数で,白内障手術併用群には追加手術を拒否して通院を自己中断し眼圧上昇を放置していた1例2眼が含まれており,単純には比較できないと考えられる.薬剤スコアでは有意差は認めなかったが,TrabectomeR単独で有水晶体眼群でやや高く,水晶体を残すと術後の使用点眼数がやや多くなっていた.当院の現時点での結果は,今後長期観察で傾向が変わってくる可能性があると考えられる.筆者らはTrabectomeRを用いて線維柱帯切開術を行い,良好な眼圧下降を得た.術後眼圧は16.18mmHgであり,10台後半の眼圧を目指した開放隅角緑内障に対する手術として今後期待できると思われる.今回の検討は短期成績であり,今後の長期観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前田征宏,渡辺三訓,市川一夫:TrabectomeTM.IOL&RS24:309-312,20102)渡邉三訓:TrabectomeR,Ex-PRESSRの臨床的評価.臨眼63(増刊):308-309,20093)FrancisBA,SeeRF,RaoNAetal:Abinternotrabeculectomy:developmentofanoveldevice(Trabectome)andsurgeryforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:68-73,20064)渡邉三訓:トラベクトーム(TrabectomeTM)手術装置.眼科手術24:317-321,20115)MincklerD,MosaedS,DustinLetal:Trabectome(trabeculectomy-internalapproach):additionalexperienceandextendedfollow-up.TransAmOphthalmolSoc106:149159,20086)MosaedS,RheeDJ,FilippopoulosTetal:Trabectomeoutcomesinadultopen-angleglaucomapatients:oneyearfollow-up.ClinSurgOphthalmol28:5-9,20107)MincklerDS,BaerveldtG,AlfaroMRetal:ClinicalresultswiththeTrabectomefortreatmentofopen-angleglaucoma.Ophthalmology112:962-967,2005268あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(134)

ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼液への切り替え経験

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):261.264,2013cドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼液への切り替え経験早川真弘澤田有阿部早苗渡部広史石川誠藤原聡之吉冨健志秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座EfficacyofSwitchingtoFixedCombinationofDorzolamide-TimololMasahiroHayakawa,YuSawada,SanaeAbe,HiroshiWatabe,MakotoIshikawa,ToshiyukiFujiwaraandTakeshiYoshitomiDepartmentofOphthalmology,AkitaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:多剤併用療法中の緑内障点眼をドルゾラミド/チモロール合剤に切り替えた経験の報告.対象および方法:原発開放隅角緑内障16例16眼において,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)製剤とチモロールまたは炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)の2剤併用を,PG製剤とドルゾラミド/チモロール合剤に切り替えた場合と,PG製剤,CAI,チモロールの3剤併用をPG製剤とドルゾラミド/チモロール合剤に切り替えた場合の眼圧変化を調べた.結果:2剤併用からの切り替えでは有意な眼圧下降が得られ,3剤併用からの切り替えでは平均眼圧に有意な変化はみられなかったが,症例のなかには眼圧上昇するものがみられた.結論:ドルゾラミド/チモロール合剤は,成分単剤点眼でさらなる眼圧下降が必要な場合,単剤併用にてアドヒアランスの向上が目的の場合のいずれの切り替えにおいても有用であるが,アドヒアランスが良好な症例では切り替えによって眼圧下降効果の減弱が起こる可能性がある.Purpose:Toreportanexperienceofswitchingtothefixedcombinationofdorzolamide-timolol(FCDT)fromconcomitantuseofitscomponentsmedications.SubjectsandMethods:Insubjectscomprising16eyesof16casesofprimaryopenangleglaucoma,theintraocularpressure(IOP)-loweringeffectofFCDTwasevaluatedintwogroups:onewasusing2medications:prostaglandin(PG)andtimololorcarbonicanhydraseinhibitors(CAI),andswitchedtoPGandFCDT;theotherwasusing3medicationsofPG,CAI,andtimolol,andswitchedtoPGandFCDT.Results:Whentheswitchwasfrom2medications,IOPwassignificantlylowered.Whentheswitchwasfrom3medications,IOPdidnotstatisticallychanged,althoughitelevatedinsomecases.Therewasnodifferenceinsafetyaspectbetweenbeforeandafterswitching.Conclusion:SinceIOPmayelevateafterswitching,stayingwiththecurrentregimencouldbeanoptionwhenadherenceisgoodwiththreemedications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):261.264,2013〕Keywords:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼液,切り替え試験,アドヒアランス,眼圧下降効果,安全性.fixedcombinationofdorzolamide-timolol,switchtest,adherence,intraocularpressureloweringeffect,safety.はじめに緑内障診療では目標眼圧を達成するために多剤併用を必要とすることがあるが,患者負担の増大によるアドヒアランスの低下が懸念され1),配合剤はその解決策の一つとして注目されている2).ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼液(以下,ドルゾラミド/チモロール合剤)は,欧米では1998年に承認されており,10年以上の使用経験からその有効性と安全性についてすでに多数の報告がある3).わが国でも2010年よりドルゾラミド/チモロール合剤が使用可能となった.今回筆者らは,原発開放隅角緑内障で多剤併用療法を受けている症例において,ドルゾラミド/チモロール合剤へ点眼を切り替えた症例を複数経験し,その眼圧〔別刷請求先〕澤田有:〒010-8543秋田市本道1-1-1秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座Reprintrequests:YuSawada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AkitaUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1-1Hondo,Akita010-8543,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)261 下降効果と安全性について若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は,秋田大学附属病院で多剤併用療法を受けている原発開放隅角緑内障患者16例16眼で,その内訳は,男性9例9眼,女性7例7眼である.平均年齢は63.6±11.6歳で,狭義原発開放隅角緑内障は7例7眼,正常眼圧緑内障は9例9眼であった.ドルゾラミド/チモロール合剤への切り替えは休薬期間を設けずに行われ,切り替え前の治療によりつぎの2通りに分けられた.一つは,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)製剤と,0.5%チモロールまたは炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)(ドルゾラミドまたはブリンゾラミド)の2剤を併用していて,さらなる眼圧下降が必要な場合である(切り替えA).もう一つは,すでにPG製剤,CAI,チモロールの3剤を併用しているが,アドヒアランス向上の目的でCAIとチモロールをドルゾラミド/チモロール合剤に切り替えた場合である(切り替えB).対象数は,切り替えAが9例9眼,切り替えBが7例7眼であった.PG製剤の内訳はラタノプロスト5例,トラボプロスト5例,タフルプロスト4例,ビマトプロスト2例であり,切り替え前後でPG製剤の変更はなかった.これらの2つの場合について,切り替え4週後,12週後の眼圧をGoldmann圧平眼圧計で測定し,切り替え前の眼圧と比較した.また,点眼の副作用について,角膜上皮障害と結膜充血の程度を調べ,これらを切り替え前後で比較した.角膜上皮障害の程度はびまん性表層角膜炎の重症度A-D(area-density)分類に基づいて評価した4).角膜上皮障害の判定は,点眼麻酔の前にフルオレセインペーパーを生理食塩水で湿らせ点入し,判定した.結膜充血の程度は,結膜の血管が容易に観察できる(.),結膜に限局した発赤が認められる(1+),結膜に鮮赤色が認められる(2+),結膜に明らかな充血が認められる(3+)を基準として評価した.統計解析は,評価方法が同じ対象に対して4週,12週後に眼圧を調べる反復性測定なため,二元配置分散分析を用い,切り替え後の眼圧変化が有意かどうか調べた.II結果各症例について,切り替え前,切り替え4週後,12週後の眼圧と,角膜上皮障害,結膜充血の程度を表にて提示し表1切り替えA(PG+b.blockerまたはCAIからの切り替え)性別年齢(歳)切り替え前点眼眼圧(mmHg)角膜上皮障害結膜充血PGb-blockerCAI切替前4週後12週後切替日4週後12週後切替日4週後12週後女性男性女性男性男性男性女性女性女性765071766650714646TaBTaDBTTaBToBTaDLTToBToT22161514141517149201818182018141415181413151516201716000000000000A1D1A1D1A1D1000A1D1A1D1A1D100000001+0001+000000000000000000000〔PG〕L:ラタノプロスト,To:トラボプロスト,Ta:タフルプロスト,B:ビマトプロスト.〔b-blocker〕T:チモロール.〔CAI〕D:ドルゾラミド,B:ブリンゾラミド,PG:プロスタグランジン製剤,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.表2切り替えB(PG+b.blocker+CAIからの切り替え)性別年齢(歳)切り替え前点眼眼圧(mmHg)角膜上皮障害結膜充血PGb-blockerCAI切替前4週後12週後切替日4週後12週後切替日4週後12週後男性男性男性男性男性男性男性69487375506961LTDLTDBTBLTDToTDLTDToTD201618211418151817131420181821151521161722000000000A1D1000000000000000000001+1+000001+1+000〔PG〕L:ラタノプロスト,To:トラボプロスト,B:ビマトプロスト.〔b-blocker〕T:チモロール.〔CAI〕D:ドルゾラミド,B:ブリンゾラミド,PG:プロスタグランジン製剤,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.262あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(128) た.表1は切り替えA,表2は切り替えBの結果である.平均眼圧の変化は,切り替えAでは切り替え前17.6±2.1mmHgから切り替え4週後15.8±2.2mmHg,12週後15.0±2.7mmHgで,切り替え後の眼圧下降は有意であった(p=0.0197).切り替え後の時期でみると,4週後に眼圧下降傾向がみられ,12週後には有意な変化となった(p=0.0230).切り替えBでは,切り替え前の眼圧は16.1±2.5mmHg,切り替え4週後15.9±1.9mmHg,12週後18.4±3.0mmHgで,切り替え前後で眼圧に有意な変化はみられなかった(p=0.0961)が,個々の症例をみると,切り替え後に眼圧が上昇したものがみられた(表2).副作用は,切り替え前に軽度の角膜上皮障害がみられたものがあったが,切り替え後もその程度は同等であった.充血は,切り替えAでCAIを点眼していた症例において,切り替え後チモロールが加わることで充血が軽減したものがあった.III考按今回のドルゾラミド/チモロール合剤への切り替え経験では,チモロールまたはCAIの単剤をドルゾラミド/チモロール合剤に切り替えた場合は眼圧が有意に下降していた.チモロールとCAIの単剤併用を合剤に切り替えた場合は,切り替え後に有意な眼圧変化はみられなかったが,症例のなかには眼圧が上昇したものがみられた.角膜上皮障害と結膜充血の程度は切り替え前後でほぼ同等であった.緑内障の治療において,眼圧下降は唯一エビデンスが示されている治療法であり5),目標眼圧を達成するために多剤併用が必要となる場合も多い.薬剤の数が増えて点眼方法が複雑になるとアドヒアランスの低下が問題となる1)が,配合剤はこれを解決する手段となることが期待されている2).配合剤に期待される利点は,点眼方法の単純化(点眼回数の減少や,点眼に要する時間の短縮),あとに点眼した薬剤による先に点眼した薬剤の洗い流しの回避,点眼薬に含まれる防腐剤による角膜上皮障害の軽減,患者の経済的負担の軽減などで,これらが改善することにより患者の利便性が増し,アドヒアランスが向上することが期待される.わが国では2010年にドルゾラミド/チモロール合剤,ラタノプロスト/チモロール合剤,トラボプロスト/チモロール合剤が相ついで発売された.ドルゾラミド/チモロール合剤は欧米では10年以上前から使用されており,その治療成績についてはすでに多数の報告がある3).チモロールまたはドルゾラミドの単剤とドルゾラミド/チモロール合剤の眼圧下降効果を比較した報告では,合剤は成分単剤と比較して有意に眼圧を下降させたという8).また,ドルゾラミド/チモロール合剤1日2回点眼と,チモロール1日2回とドルゾラミド1日3回点眼の単剤併用の効果を比(129)較した無作為化コントロール研究では,合剤と単剤併用の眼圧下降効果および安全性は,3カ月の点眼にてほぼ同等であったという3).単剤併用から合剤に休薬期間なしに切り替えた,より実際の診療に近い設定で施行された研究でも,1年の経過観察期間で,合剤の眼圧下降効果は単剤併用と同等であったという3).一方,切り替え試験のなかには,切り替え後に眼圧は有意に下降したという報告もあり6.8),その原因として点眼方法の単純化による患者のアドヒアランスの向上があげられている.今回の筆者らの経験では,単剤からの切り替えでは有意な眼圧下降がみられた.チモロールとCAIの単剤併用からドルゾラミド/チモロール合剤への切り替えでは平均眼圧に有意な変化はみられなかったが,個々の症例のなかには切り替え後に眼圧が上昇したものがあった.これは,合剤に切り替えたことで単剤併用時よりも点眼回数が減って,3剤を確実に点眼していた場合には眼圧下降効果の減弱が起こる可能性があることを示唆している.このため,アドヒアランスが良く,3剤併用で眼圧下降が良好な場合には,合剤に切り替えずにそのままの治療を継続することも選択肢の一つであると思われる.また,角膜への影響については,ドルゾラミド/チモロール合剤はpHが5.5.5.8と酸性で点眼時に刺激感があり,チモロールによる涙液分泌低下の影響も加わって,角膜上皮障害を起こしやすいことが考えられる.今回の経験では角膜上皮障害を生じた症例は少なかったが,切り替え前から緑内障薬を多剤併用していたことを考え合わせると,実際はもっと高い頻度で障害が生じていた可能性がある.このことから,角膜上皮障害の判定方法について再度検討する必要があると思われた.以上,ドルゾラミド/チモロール合剤への切り替え経験について報告した.今回の経験では症例数が少なかったため,今後は症例数を増やし,同剤の効果をさらに検証していく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GreenbergRN:Overviewofpatientcompliancewithmedicationdosing:Aliteraturereview.ClinTher6:592-599,19842)KaisermanI,KaisermanN,NakarSetal:Theeffectofcombinationpharmacotherapyontheprescriptiontrendsofglaucomamedications.Glaucoma14:157-160,20053)StrohmaierK,SnyderE,DuBinerHetal:Theefficacyandsafetyofthedorzolamide-timololcombinationversustheconcomitantadministrationofitscomponents.Ophあたらしい眼科Vol.30,No.2,2013263 thalmology105:1936-1944,19984)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19945)SchulzerM,TheNormalTensionGlaucomaStudyGroup:Intraocularpressurereductioninnormal-tensionglaucomapatients.Ophthalmology99:1468-1470,19926)ChoudhriS,WandM,ShieldsMB:Acomparisonofdorzolamide-timololcombinationversustheconcomitantdrugs.AmJOphthalmol130:832-833,20007)GugletaK,OrgulS,FlammerJ:ExperiencewithCosopt,thefixedcombinationoftimololanddorzolamide,afterswitchfromfreecombinationoftimololanddorzolamide,inSwissophthalmologists’offices.CurrMedResOpin19:330-335,20038)BacharachJ,DelgadoMF,IwachAG:Comparisonoftheefficacyofthefixed-combinationtimolol/dorzolamideversusconcomitantadministrationoftimololanddorzolamide.JOculPharmacolTher19:93-96,2003***264あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(130)

緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討 ―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):255.259,2013c緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―佐々木香る*1稲田紀子*2熊谷直樹*1出田隆一*1庄司純*2澤充*2*1出田眼科病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ClinicalCharacteristicsofInfectiousKeratitisCausedbyPseudomonasaeruginosa─ProposalofBrush-likeOpacityasNewRepresentativeAppearance─KaoruAraki-Sasaki1),NorikoInada2),NaokiKumagai1),RyuichiIdeta1),JunShoji2)andMitsuruSawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:緑膿菌角膜炎でみられる臨床所見の出現頻度,発症から各臨床所見出現までの日数(発症後日数)を調査し,相互関係を検討すること.対象および方法:対象は,緑膿菌角膜炎32例33眼.代表的所見,潰瘍の形状,その他の所見の出現頻度を算出し,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析した.結果:各所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),スリガラス状浸潤31眼(93.9%),前房蓄膿10眼(30.3%),ブラシ状混濁14眼(42.4%)であった.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%),円形.不整形24眼(72.7%)であった.平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.発症後3日以上の症例で輪状膿瘍の出現頻度が有意に高かった(p=0.007,オッズ比9.00).結論:緑膿菌角膜炎は,代表的所見を示さない症例も多いが,一定の傾向をもって変化すると考えられた.ブラシ状混濁は今後注目に値する所見である.Thepurposeofthisstudywastorevealtheincidenceofclinicalcharacteristicsin33eyeswithinfectiouskeratitiscausedbyPseudomonasaeruginosaandanalyzetherelationshipsbetweenincidenceanddurationfromonset,usinglogisticanalysis.Ringabscesswasrecognizedin39.4%,diffuseinfiltrationin93.9%,hypopyonin30.3%andbrush-likeopacityin42.4%.Ulcerformwasdividedintotwotypes:smallround(27.3%)androundorirregular(72.7%).Thesmallroundulcerappearedat1.7daysafteronset,onaverage.Diffuseinfiltration(1.9days),brush-likeopacity(2.4days),roundorirregularulcer(2.7days),hypopyon(2.9days)andringabscess(3.4days)subsequentlyappeared.Thefrequencyofringabscesswashigherincasesthatlastedmorethan3days(p=0.007,oddsrate:9.00).Inconclusion,theclinicalappearanceofPseudomonaskeratitischangeswiththetimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):255.259,2013〕Keywords:緑膿菌,輪状膿瘍,感染性角膜炎,ブラシ状混濁,前房蓄膿,臨床所見.Pseudomonasaeruginosa,ringabscess,infectiouskeratitis,brush-likeopacity,hypopyon,clinicalcharacteristics.はじめに緑膿菌角膜炎の代表的臨床所見として,「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3所見が同時期に観察されることがよく知られている1,2).このうち,輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと好中球とが反応する場所と報告されている3).スリガラス状浸潤は緑膿菌の内毒素であるLPS(リポ多糖)に対する反応として,角膜実質層間に沿って遊走してきた好中球の遊走とそれに伴う実質障害,さらには内皮障害や角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫とされている4).また,前房蓄膿は,フィブリンを多く含み流動性が乏しく,Behcet病でみられる好中球による前房蓄膿とは異なる性状を示すことが特徴である5,6).しかし,日常診療では,これらの代表的所見以外の臨床所見を含む緑膿菌角膜炎例にも遭遇する.たとえば,小円形の浸潤病巣や,棘状あるいはブラシ状とよばれる角膜潰瘍辺縁部にみられる針状の混濁または刷毛で掃いたような混濁(以下,ブラシ状)などが非代表的臨〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市中央区西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Chuo-ku,Kumamoto860-0027,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)255 床所見としてあげられる.また,逆に代表的臨床所見とされる輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない場合もある.これらを踏まえて,今回,緑膿菌角膜炎と確定診断された症例において,臨床所見の出現頻度,発症から臨床所見出現までの日数(発症後日数),および患者背景の調査と相互関係について検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院および出田眼科病院における臨床研究審査委員会の承認を得たうえで施行した.1.対象対象は日本大学医学部附属板橋病院眼科,出田眼科病院において平成21年1月から平成23年12月までの約3年間に,角膜擦過物の細菌分離培養検査により確定診断した緑膿菌角膜炎32例33眼である.緑膿菌角膜炎の誘因は,32眼が何らかの種類のソフトコンタクトレンズ装用であり,1眼が外傷であった.2.方法緑膿菌角膜炎の臨床所見は,初診時に細隙灯顕微鏡検査により得られた所見について検討した.臨床所見は,代表的所見として「輪状膿瘍」「スリガラス状浸潤」および「輪状膿瘍」,潰瘍の形状として「小円形潰瘍」および「円形.不整形潰瘍」,その他の所見として「ブラシ状混濁」に分け,初診時における出現頻度を検討した.潰瘍は直径3mm未満のものを小円形,3mm以上のものを円形.不整形とした.また,自覚症状出現から初診日までの日数を発症後日数として検討した.3.統計学的解析各臨床所見の出現と有意に関係がある背景因子を選ぶために,年齢,性別,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析で検討した.なお,年齢は,40歳未満と40歳以上,発症後日数は2日以内と3日以上との2値変数とした.p<0.05の危険率を有意として判定した.II結果1.代表症例a.代表症例128歳,男性.2週間頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(以下,2W-FRSCL)を装用したまま就寝し,充血,疼痛を感じ,2日目に受診した.初診時の前眼部写真および所見を図1に示す.潰瘍の形状は小円形で,輪状膿瘍や前房蓄膿は認めず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.なお,ブラシ状混濁はなかった.b.代表症例215歳,男性.2W-FRSCL装用中に眼痛が出現.2日目に256あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)小円形ブラシ状混濁(.)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図1代表症例1の前眼部写真(28歳,男性)代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図2代表症例2の前眼部写真(15歳,男性)矢印で示したブラシ状混濁を認める.受診した.初診時の前眼部写真および所見を図2に示す.潰瘍の形状は不整形で,輪状膿瘍がみられ,前房蓄膿はみられず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.病変周辺に棘状のブラシ状混濁がみられた.(122) (%)図4代表的所見およびブラシ状混濁の出現頻度の比較前房蓄膿ブラシ状混濁全体スリガラス状浸潤局所輪状混濁円型/不整形角膜潰瘍小円型0123456発症後日数(日)図5各臨床所見のみられた平均発症後日数スリガラス状浸潤(局所・全体)前房蓄膿輪状膿瘍12345(発症後日数)0ブラシ状混濁小円形潰瘍不整形潰瘍図6代表的所見の平均発症後日数からみたブラシ状混濁の出現時期見の平均発症後日数を時系列で示す.3.臨床所見出現の背景因子の検討輪状膿瘍を呈する所見の危険因子を検討したところ,発症後3日以上経過した症例に有意に多くみられた(p=0.007,オッズ比9.00).スリガラス状混濁は,有意差はないが,発症後3日以上経過した症例でやや多い傾向にあった(p=0.033).さらに,発症後3日以上の症例に限って,輪状膿瘍の出現頻度が高い因子を検討したところ,前房蓄膿がみられないこと(p=0.005),40歳未満であること(p=0.024),円形.不整形潰瘍がみられること(p=0.019)が有意な因子であった.また,ブラシ状混濁がない(p=0.050)傾向があったが,有意ではなかった.あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013257代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(+)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(全体+)前房蓄膿(.)図3代表症例3の前眼部写真(29歳,男性)矢印で示した大きなブラシ状混濁を認める.c.代表症例329歳,男性.1日使い捨てソフトコンタクトレンズを自己判断で3日間使用した後,眼痛を自覚し,3日目に受診した.初診時の前眼部所見は,不整形の潰瘍に輪状膿瘍と角膜全体にわたるスリガラス状浸潤を認めた.前房蓄膿はなかったが,ブラシ状混濁がみられた(図3).2.臨床所見の出現頻度および発症後日数今回,対象となった症例は,男性20例,女性12例,33眼,平均年齢は31.5歳(レンジ:16.86歳)であり,自覚症状出現から受診までの平均発症後日数は2.4日(レンジ:0.7日)であった.その内訳は0日2眼,1日4眼,2日14眼,3日10眼,4日0眼,5日,6日,7日はそれぞれ1眼ずつであった.臨床所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),角膜全体にわたるスリガラス状浸潤19眼(57.6%),局所的なスリガラス状浸潤は12眼(36.4%),前房蓄膿10眼(30.3%)で,一方,ブラシ状混濁は14眼(42.4%)でみられた.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%)および円形.不整形24眼(72.7%)であった.各代表的所見とブラシ状混濁の出現頻度の比較を図4に示した.各々の所見がみられた平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.図5は各臨床所見の平均発症後日数を標準偏差とともに表わしたものである.また,図6にブラシ状混濁と各臨床所(123)020406080100輪状膿瘍スリガラス状混濁前房蓄膿ブラシ状混濁 つぎに,ブラシ状混濁を呈する所見の危険因子を検討したが,年齢・性別・輪状膿瘍・潰瘍の形状・スリガラス状浸潤・前房蓄膿のいずれの項目とも有意な関係はみられなかった.逆に,ブラシ状混濁を呈さない所見の危険因子としては,「発症後3日以上経過しており,男性であること」(p=0.047)があげられた.III考按今回の検討から,緑膿菌角膜炎は初診時にはいわゆる代表的所見を示さない症例が多く,特にブラシ状混濁は輪状膿瘍や前房蓄膿と同程度にみられ,注目すべき所見であることがわかった.ブラシ状混濁は,いくつかの論文ですでに指摘されている所見であり2,7.9),真菌でみられるhyphatelesionとの鑑別が必要な所見ではあるが,緑膿菌角膜炎でみられる特徴的な角膜浸潤病巣とされている.その本態は病巣辺縁の細胞浸潤あるいは実質細胞の反応などと推測されている.今回の検討により,その出現頻度が非常に高いものであることが確認され,今後注目すべき所見と考えられた.このブラシ状混濁の平均出現日数は,小円形潰瘍と円形.不整形潰瘍の平均出現日数の間であり,スリガラス状浸潤より遅く,前房蓄膿や輪状膿瘍より早い日数であった.症例数が限られており,それぞれの平均発症日数は僅差であることから断言はできないが,緑膿菌が定着して感染が成立した後,輪状混濁や前房蓄膿といった生体防御の免疫機構が著しくなる前にブラシ状混濁が出現する可能性がある.すなわち,病巣辺縁の菌の増殖とそれに対する細胞浸潤あるいは周辺実質細胞の反応という考えを支持する結果と考えられた.一方,輪状膿瘍や前房蓄膿は緑膿菌角膜炎の代表所見と認識されていながら,その出現頻度は意外と低いことが明らかとなった.緑膿菌角膜炎の臨床所見を検討し,分類を提唱した中島らも,初診時の所見としては輪状膿瘍よりも円形膿瘍のほうが多いことを指摘している2).平均受診日数が2.4日と比較的早期に受診する例が多く,一昔前と違ってMIC(最小発育阻止濃度)の低い広域抗菌薬の使用が容易であるため,最終像を呈する前に受診し,回復に向かった症例が多いと考えられる.したがって「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3つの代表所見が同時期にみられるのはあくまでも最終像であり,そのまま診断基準には該当しないと考えられ,臨床診断において注意が必要であることが示唆された.潰瘍の形状については,小円形が円形.不整形よりも早期に出現する傾向から,臨床所見が時間経過とともに一定の傾向で進行することが示唆された.近年,ソフトコンタクトレンズ装用患者において,ブドウ球菌による角膜炎に類似した小円形の緑膿菌角膜炎が指摘されており10),株による差,時間経過,患者自身の個体差,局所における酸素分圧の影響な258あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013どが考えられているが,今回の結果からは,感染成立後の早期の所見である可能性が示唆された.各検討項目のロジスティック回帰解析の結果からは,輪状膿瘍は発症3日以上が有意な危険因子であることが判明した.輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと感染により角膜輪部から遊走する好中球が出会って反応することが本態と報告されている3).播種された菌量にもよるが,一般的な臨床症例において,感染成立後,輪状膿瘍を呈するに十分な免疫反応を惹起するためには,3日以上の日数が必要であることが示唆された.前房蓄膿に関しても,平均発症日数は3日弱であり,有意差はみられなかったが同様の経過と考えられた.さらに,輪状膿瘍は,前房蓄膿やブラシ状混濁を伴わない症例に多くみられる傾向にあった.ブラシ状に伸展していく菌に対して好中球が多量に浸潤して,輪状膿瘍を形成することでブラシ状所見をマスクした可能性や,輪状膿瘍により菌と免疫反応の均衡がとれ,前房の反応を生じなかった可能性が推測される.極早期の緑膿菌角膜炎では,輪状膿瘍や前房蓄膿は形成されず,加えて,緑膿菌の株によってエラスターゼの産生能は異なっており,輪状膿瘍が出現しない症例もあると考えられる.したがって,患者背景から緑膿菌角膜炎が疑われるが,輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない症例においては,ブラシ状混濁を探すことが一つの診断補助になると考えられた.本検討においては,できるだけ個人による臨床所見の取り方に偏りがないように配慮して,角膜を専門とする医師3人で症例の所見を確認した.しかし,それでもなお,ブラシ状混濁の有無については,ややわかりにくい症例が存在し,今後も症例数を増やして検討することが必要であると考えられた.ブラシ状混濁の意義についても,モデルを用いた実験的検討や共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察が必要である.緑膿菌角膜炎は,菌体そのものの活動性以外に,外毒素による炎症反応を強く惹起する.臨床所見を詳細に解析し,どのような病態であるかを推測することは,早期発見のみならず,再燃の危険なく消炎を図るための有用な情報と考えられた.本稿の要旨は第49回日本眼感染症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)堀眞輔:コンタクトレンズ診療における感染性角膜炎の診断と眼科臨床検査.日コレ誌53:219-223,20112)伊豆野美帆,亀井裕子,松原正男:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜潰瘍3例の検討.日コレ誌52:270-273,20103)IjiriY,MatsumotoK,KamataRetal:Suppressionof(124) polymorphonuclearleucocytechemotaxisbyPseudomonasaeruginosaelastaseinvitro:astudyofthemechanismsandthecorrelationwithringabscessinpseudomonalkeratitis.IntJExpPathol75:441-451,19944)VanHornDL,DavisSD,HyndiukRAetal:ExperimentalPseudomonaskeratitisintherabbit:bacteriologic,clinical,andmicroscopicobservations.InvestOphthalmolVisSci20:213-221,19815)後藤浩:【眼内炎症診療のこれから】診察前眼部.眼科プラクティス16,p24-29,文光堂,20076)杉田直:【眼感染症の謎を解く】臨床所見から推理する!前房蓄膿.眼科プラクティス28,p48-50,文光堂,20097)宇野敏彦:CLケア教室(第36回)CL装用者の角膜浸潤.日コレ誌52:285-287,20108)熊谷聡子,崎元丹,稲田紀子ほか:コンタクトレンズ関連角膜潰瘍の1例.眼科51:923-926,20099)中島基宏,稲田紀子,庄司純ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜炎23例の臨床所見の検討.眼科53:1029-1035,201110)細谷友雅,神野早苗,榊原智子ほか:コンタクトレンズ関連緑膿菌感染へのステロイド投与の影響.眼科54:173179,2012***(125)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013259

LASIK 術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液の長期における有効性

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):249.253,2013cLASIK術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液の長期における有効性増田綾美森洋斉子島良平丸山葉子南慶一郎宮田和典宮田眼科病院EfficacyofLong-TermTreatmentwithDiquafosolSodiumforDryEyeDuetoLaserInSituKeratomileusisAyamiMasuda,YosaiMori,RyoheiNejima,YoukoMaruyama,KeiichiroMinamiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:Laserinsitukeratomileusis(LASIK)後の遷延化したドライアイ患者に対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液(以下,DQS)の長期効果を検討すること.対象および方法:対象は,LASIK後1年以上ドライアイが遷延し,DQSを追加した9例18眼.検討項目は涙液分泌量,涙液層破壊時間(BUT),点状表層角膜症(SPK),結膜上皮障害(リサミングリーン染色スコア)とし,点眼開始前,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月で評価した.また,ドライアイの自覚症状14項目を開始前と開始後12カ月で比較した.結果:涙液分泌量は,点眼開始前後で有意な変化を認めなかった.BUTは開始後1カ月から12カ月まで継続して有意に増加し,SPKも開始後1週から12カ月まで継続して有意な改善を認めた.結膜上皮障害は,開始後6カ月から12カ月まで継続して有意に改善した.自覚症状は,11項目のうち3項目が有意に改善していた.結論:DQSは,LASIK術後のドライアイに対して長期にわたり有用であった.Toevaluatetheefficacyoflong-termtreatmentwithdiquafosoltetrasodium3%solutionforchronicdryeyeafterlaserinsitukeratomileusis(LASIK),weconductedaprospectiveclinicalstudycomprising18eyes(9patients)towhichdiquafosoltetrasodium3%solutionwasadditionallyinstilled.Tearsecretin,tearfilmbreakuptime(BUT),superficialpunctatekeratitis(SPK),andconjunctivitissiccawereexaminedbeforeandat1weekand1,3,6,9and12monthsaftertreatment.Aquestionnairesurveyregarding14symptomswasalsoassessedbeforetreatmentandat12monthsafter.Followingdiquafosoltreatment,tearsecretindidnotchange,thoughBUTsignificantlyincreasedafter1,3,6,9and12months.SPKimprovedatallevaluationpoints.Lissaminegreenscoreimprovedafter6,9and12months.Ofthe14itemsonthesymptomsquestionnaire,3improved.Diquafosoltetrasodiumwaslong-termeffectiveinimprovingocularsurfacedisorderanddryeyesymptomsafterLASIK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):249.253,2013〕Keywords:LASIK,ドライアイ,ジクアホソルナトリウム.LASIK,dryeye,diquafosoltetrasodium.はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)は,世界で初めて報告されてから20年が経過した.術後長期の安全性が確立されている1)が,半数以上にドライアイを生じることが知られている2,3).LASIKは,フラップ作製時に角膜知覚神経を切除・切断するため,術後に三叉神経-中間神経-涙腺神経を通じて涙腺に反射性の涙液分泌を促す自己修復システム(Reflexloop-涙腺システム)が十分に機能できない3,4).通常,LASIK後のドライアイは一過性であり,術後3.6カ月程度で術前レベルまで改善するとされている5.7).一方で,共焦点顕微鏡の観察では,切断された角膜知覚神経の再生に3年もの期間を要するとの報告もあり8),LASIK後のドライアイが改善せず,遷延する症例も少なくない9).2010年,ドライアイの治療薬として,3%ジクアホソルナ〔別刷請求先〕増田綾美:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:AyamiMasuda,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)249 トリウム点眼液(以下,DQS)が使用可能となった.従来の人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムによる点眼は水分補給や保水を目的とした治療である.一方,DQSは,涙液分泌に加えてムチン分泌も促すことで涙液層を安定化させ,角結膜上皮障害を改善する新しい作用機序の薬剤である.Tauberらの報告によると,ドライアイ患者へのDQS投与群で,涙液分泌量,角結膜染色および自覚症状が,人工涙液投与群に比べ有意に改善したと報告している10).また,わが国では,ドライアイ患者において,角膜染色スコア,結膜染色スコア,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)がDQSの短期および長期投与で有意な改善が認められたとの報告がある11,12).しかし,これまでLASIK後のドライアイ患者における有効性についてはまだ評価されていない.今回,1年以上遷延したLASIK後のドライアイ症例にDQSを使用し,その有効性を検討したのでここに報告する.I対象および方法対象は,1999年10月から2009年7月の間に宮田眼科病院でLASIKを受け,術後ドライアイに対して人工涙液および0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼治療を行い,1年以上経過しても改善が得られなかった9例18眼(全例女性).年齢は43.6±14.2(平均値±標準偏差)(29.54)歳.LASIK後期間,および人工涙液や0.1%ヒアルロン酸ナトリウムによる点眼加療後期間は3.4±2.7(1.8.11.7)年であった.全例,2006年ドライアイ診断基準を満たしていた13).宮田眼科病院の倫理委員会の承認のもと,十分説明を行ったうえで,すべての対象患者から同意を得た.人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウム点眼はそのまま継続とし,DQS(ジクアスR,参天製薬)点眼を1日6回追加した.検討項目は,涙液分泌量,BUT,点状表層角膜症(superficialpunctuatekeratopathy:SPK),結膜上皮障害である.涙液分泌量は,Schirmer試験第Ⅰ法変法を用いた.BUTは,ストップウォッチにて3回測定し,その平均値を算出した.SPKは,フルオレセインで染色された角膜の面積(area)と密度(density)(各0.3点)の組み合わせで評価するAD分12カ月で比較検討した.各検査項目の統計解析は,点眼開始前を基準とし,涙液分泌量と自覚症状はWilcoxonの符号付順位和検定を行い,BUT,SPKおよび結膜上皮障害の変化はKruskal-Wallis検定を行い,有意差を認めた場合はSteel-Dwass検定で多重比較検定を行った.いずれも有意水準は両側5%とした.II結果涙液分泌量は,点眼開始前6.7±4.7mmが,開始後1カ月,3カ月,9カ月,12カ月で,それぞれ5.9±1.5,6.1±3.0,6.8±4.2,6.2±3.2であり,有意な変化は認められなかった.BUTは,点眼開始前3.1±0.8秒であったが,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月で,それぞれ4.4±1.5秒,4.9±1.7秒,4.7±1.2秒,4.5±1.3秒,5.9±2.8秒,6.5±3.8秒であり,投与後1カ月から12カ月まで継続して点眼開始前より有意に延長した(開始後1カ月と6カ月はそれぞれp=0.01,p=0.03,それ以外の期間はp<0.01)(図1).SPKはAD分類のスコア(A+D)にて,開始前3.6±0.7であったが,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,1210********BUT(秒)864開始前1W1M3M6M9M12M経過期間20図1涙液層破壊時間(BUT)の変化開始前と比較し,開始後1カ月から12カ月まで継続して有意に延長した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.5***********フルオレセイン染色スコア類14)を用い,その合計スコアで評価した(0.6点).結膜上皮障害はリサミングリーン染色を行い,鼻側,耳側球結膜をそれぞれ3象限に分けて15)(各0.3点),その合計で評価した(0.18点).評価時期は点眼開始前,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月とした.さらに,自覚症状である眼の疲れ,乾燥感,眼がゴロゴロショボショボす43210る,眼が重い,痛い,痒い,不快感,かすみ,光がまぶし投与前1W1M3M6M9M12Mい,眼脂,流涙,充血,読書や運転時に症状が悪化する,乾経過期間燥した場所で症状が悪化する,の14項目16,17)についてそれ図2SPK(フルオレセイン染色スコア:AD分類)の変化ぞれ5段階評価(1点:まったくない,3点:時々ある,5開始前と比較し,開始後1週から12カ月まで継続して有意に点:常にある)のアンケートを行った.点眼開始前と開始後軽減した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.250あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(116) 12カ月でそれぞれ2.6±0.7,2.4±0.8,2.1±0.9,2.1±1.1,1.7±1.0,1.6±1.1であり,投与後1週間から12カ月まで継続して有意な改善を認めた(開始後1週間はp=0.02,それ以外の期間はp<0.01)(図2).その内訳は,開始前A1D2:10眼,A1D2:6眼,A2D3:2眼であったが,開始後12カ月では,A0D0:5眼,A1D1:10眼,A1D2:3眼となった.結膜上皮障害は,開始前4.4±2.5が,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月でそれぞれ2.9±2.5,2.9±2.7,2.5±2.2,1.7±1.6,1.5±1.9,1.3±1.8であり,点眼開始後6カ月から12カ月まで有意な改善を認めた(開始後6カ月と9カ月はそれぞれp=0.01,p=0.02,12カ月はp<0.01)(図3).86自覚症状は,14項目のうち,眼が乾いた感じ,眼がショボショボゴロゴロする,眼の不快感の3項目で有意な改善が認められた(各p<0.05)(図4).なお,観察期間において,点眼の副作用は認められなかった.III考按今回の検討により,DQSは,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼で改善が得られなかったLASIK後のドライアイ遷延例において,BUTは点眼開始後1カ月から12カ月まで継続して有意な延長を認めた.SPKは開始後1週から12カ月まで継続して,結膜上皮障害は点眼開始後6カ月から12カ月まで継続して有意な改善を認めた.LASIK後のドライアイはBUTの短縮が特徴的であるが,BUTの短縮は眼表面のムチンの発現の低下が要因の一つと考えられる18).ドライアイ治療に汎用されているヒアルロンリサミングリーン染色スコア経過期間****酸では,ムチンが障害されたドライアイ患者への効果は不十4分な可能性が指摘されている19).Yungらは,人工涙液で改2善を認めないLASIK後のドライアイ患者に対し,涙点プラグが有効であるとしている20).しかし,涙点プラグは挿入時に疼痛を伴ううえ,術後感染や脱落,肉芽形成や涙道内の迷入などの合併症がある21,22).今回の検討で,DQS投与後で0開始前1W1M3M6M9M12Mは涙液分泌量の増加はみられなかったが,BUTの有意な延図3結膜上皮障害(リサミングリーン染色スコア)の変化開始前と比較し,開始後6カ月から12カ月まで継続して有意に長が認められた.DQSは結膜上皮の杯細胞のP2Y2受容体改善した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.に作用し,分泌型ムチンであるMAC5ACの分泌を促進す54図4DQS投与前後での各自覚症状の比較開始前(■)と比較し,開始後12カ月(■)で「眼が乾いた感じ」「眼がゴロゴロ,ショボショボする」,「眼の不快感」の3項目が有意に改善した.*p<0.05Wilcoxonsigned-ranktest.(,)眼が疲れる***自覚症状のスコア3210乾燥で悪化運転で悪化眼が赤い涙が出る目やにが出る光がまぶしいかすんで見える眼の不快感眼が痒い眼が痛い眼が重いショボショボ眼がゴロゴロ眼が乾いた感じ(117)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013251 るとされる23).今回の検討においても,DQSにより分泌型ムチンが増加することで涙液層が安定化し,BUTが延長したと考えられる.SPKにおいても,DQS投与後で有意な改善を認めた.SPKの投与後12カ月の改善率をみると,A1D2は90%で,A2D2とA2D3では100%であった.内訳は,A1D210眼のうち4眼がA1D1,5眼がA0D0と改善,1眼が不変であった.A2D2では6眼すべてがA1D1となり,A2D3では2眼ともA1D2と改善を認めた.DQSは,SPKの改善は軽度から中等度において特に有効であったが,A2D3のような重度の症例では,A1D2と改善はみられたものの,SPKは中等度残存していた.角膜上皮障害が重度の場合,膜型や分泌型ムチンの発現が著明に低下しているため,DQSでの治療では,涙液層の安定化をはかるには不十分と考えられる.このような重度のSPK症例には点眼治療だけでなく,涙点プラグなどの外科処置を考慮する必要があるかもしれない.今回の検討で,角膜上皮障害は点眼開始後1週,BUTは点眼開始後1カ月,結膜上皮障害は点眼開始後6カ月までに有意に改善し,その効果は12カ月まで持続していた.山口ら12)は,DQS投与後52週にわたり角結膜上皮障害の有意な減少とBUTの有意な延長を認め,その効果は長期投与においても持続することを報告している.本検討においても,投与後1年にわたり角結膜上皮障害とBUTの経時的な改善がみられた.角膜上皮障害とBUTの改善は,点眼治療後早期で認めたが,結膜上皮障害の改善は,点眼開始後6カ月であり,角膜と比較すると改善の遅延がみられた.結膜上皮障害は,従来の点眼や涙点プラグなど,ドライアイ治療において,角膜上皮障害と比較して残存する傾向がある13).しかし,山口らの報告12)では,角膜上皮障害とBUTだけでなく,結膜上皮障害も点眼開始後1カ月までには有意な改善を認めている.本検討では統計学的有意差は認めなかったが,点眼後1週間から改善傾向であった.今回は18眼の検討であるため,さらに症例数を蓄積することで,より早期から有意な改善がみられる可能性が考えられた.自覚症状において,眼が乾いた感じ,眼がショボショボゴロゴロする,眼の不快感の3項目で改善がみられた.これらは涙液層の安定性や角結膜上皮障害と関連すると考えられる.BUTと自覚症状の合計スコアの相関を検討したところ,BUTが延長するほど,また,角結膜上皮染色スコアが減少するほど自覚症状が改善する傾向がみられた(p<0.01,それぞれr=.0.31,0.28,0.25Spearman’scorrelationcoefficient).DQSによる涙液層の安定化により,ドライアイの悪循環が解消され,BUTの延長と角結膜上皮障害の軽減を促すことで,自覚症状の改善につながったと考えられる.DQSはLASIK後の遷延するドライアイに対し,短期的だけでなく,経時的に改善させる点眼薬であると考えられる.LASIK後にドライアイを認める症例や,術前からドライアイを認める症例では,術後早期からDQSを投与することも有用である可能性が示唆される.文献1)宮井尊史,宮田和典,大鹿哲郎ほか:Wavefront-GuidedLaserInSituKeratomileusisの臨床評価.IOL&RS19:189-193,20052)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,20013)AlbietzJM,LentonLM,McLennanSG:Chronicdryeyeandregressionafterlaserinsitukeratomileusisformyopia.JCataractRefractSurg30:675-684,20044)StevenE,WilsonSE:Laserinsitukeratomileusisinducedneurotrophicepitheliopathy.Ophthalmology108:1082-1087,20015)AmbrosioRJr,TervoT,WilsonSEetal:LASIK-associateddryeyeandneurotrophicepitheliopathy:pathophysiologyandstrategiesforpreventionandtreatment.JRefractSurg24:396-407,20086)NejimaR,MiyataK,TanabeTetal:Cornealbarrierfunction,tearfilmstability,andcornealsensationafterphotorefractivekeratectomyandlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol139:64-71,20057)LinnaTU,VesaluomaMH,Perez-SantonjaJJetal:EffectofmyopicLASIKoncornealsensitivityandmorphologyofsubbasalnerves.InvestOphthalmolVisSci41:393397,20008)PatelSV,McLarenJW,KittlesonKMetal:Subbasalnervedensityandcornealsensitivityafterlaserinsitukeratomileusis:femtosecondlaservsmechanicalmicrokeratome.ArchOphthalmol128:1413-1419,20109)KonomiK,ChenLL,TarkoRSetal:PreoperativecharacteristicsandapotentialmechanismofchronicdryeyeafterLASIK.InvestOphthalmolVisSci49:168-174,200810)TauberJ,DavittWF,BokoskyJEetal:Double-masked,placebo-controlledsafetyandefficacytrialofdiquafosoltetrasodium(INS365)ophthalmicsolutionforthetreatmentofdryeye.Cornea23:784-792,200411)三原研一,中村泰介:ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液3%の有効性の検討.臨眼66:1191-1194,201212)山口昌彦,坪田一男,大橋裕一ほか:3%ジクアホソルナトリウム点眼液のドライアイを対象としたオープンラベルによる長期投与試験.あたらしい眼科29:527-535,201213)島﨑潤,ドライアイ研究会:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,200714)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,200315)PerryHD,SolomonR,DonnenfeldEDetal:EvaluationofTopicalCyclosporinefortheTreatmentofDryEyeDisease.ArchOphthalmol126:1046-1050,2008252あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(118) 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