監修=坂本泰二◆シリーズ第144回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼科における個別化医療(オーダーメイド医療)導入の可能性―ゲノム医学が臨床現場にもたらしうるもの―中西秀雄(京都大学/日本赤十字社和歌山医療センター眼科)はじめに近年のヒトゲノム計画およびそれに関連する研究の進展は目覚ましく,その成果として,単一遺伝子疾患(メンデル遺伝疾患)ではない各診療科の「ありふれた疾患」についても,発症や進行に関係する遺伝子がつぎつぎと同定・報告されています.眼科領域も例外ではなく,加齢黄斑変性,偽落屑症候群,緑内障,近視などの疾患について,その発症に関係する遺伝子領域が日本人症例を用いた検討でも報告されています.たとえば,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)を例にあげますと,AMD発症に確実に関与する遺伝因子として,ARMS2/HTRA1遺伝子領域やCFH遺伝子などが同定されています.これらの遺伝子には「AMDになりやすい型」と「AMDになりにくい型」があり,「AMDになりやすい型」の遺伝子を持って生まれた人は,「AMDになりにくい型」を持って生まれた人に比べて,数倍.十数倍AMDを発症しやすいことがわかっています1).このようなゲノム医学研究の成果がもたらしうるものは,大きく分けて2通りあります.ひとつは,同定された遺伝子がどのようなメカニズムで疾患の発症・進展にかかわっているかが明らかになれば,その疾患の病態解明に結びつくというものです.その疾患の病態が解明されれば,その発症経路をターゲットとした疾患予防・治療方法の開発の足掛かりになります.そしてもうひとつが,個別化医療あるいはオーダーメイド医療とよばれるものの臨床現場への導入です.個別化医療(オーダーメイド医療)とは個別化医療の普遍的な定義はありませんが,「ある疾患についてすべての患者に画一的な治療を行うのではなく,各患者の持つ体質の違いに合わせて,患者ごとに診(61)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY療方針を調整すること」とまとめることができます.個人の体質は,持って生まれた遺伝因子によってその多くを規定されますから,個別化医療とは「各患者が持って生まれた遺伝因子に合わせて疾患の診療方針をたてること」と言い換えることができます.具体的に述べますと,ある疾患の自然経過・治療予後などに確実に関係する遺伝因子があれば,患者ごとにそのような遺伝因子を調べることで,自然経過や治療効果を予想することができます.そうして予想された自然経過や治療効果に基づいて,患者ごとに最適な予防・治療戦略を立てるというものです.個別化医療実現のために必要なもの個別化医療を実現するためには,その型の違いによって疾患の自然経過や治療効果などが異なる遺伝子の同定が必要です.現時点では,眼科疾患の自然予後や各種治療の治療効果に確実に関連する遺伝子は,残念ながら同定されていません.しかし,広義AMDにつきましては,そのような遺伝子の存在を示唆する報告が,日本人を用いた検討でもなされつつあります.たとえば,先に述べましたARMS2/HTRA1遺伝子領域の型が「AMDになりやすい型」である患者では,「AMDになりにくい型」である患者に比べて,より早期に両眼性になりやすいという報告がされました2).また,同じくARMS2/HTRA1遺伝子領域が「AMDになりやすい型」の患者と「AMDになりにくい型」の患者では,光線力学的療法の治療効果に差がみられるという報告もなされています3.5).自施設例では,PEDF遺伝子の型によって光線力学的療法の治療効果に差がみられ6),またVEGF遺伝子の型によってベバシズマブ硝子体注射単独あるいは光線力学的療法併用後の治療効果に差がみられました7)(図1).現時点ではいずれも比較的少数例での報告ですが,今後多数例での追試によってこれらの結果が確定すれば,このような遺伝子の型を調べることで患者ごとに僚眼発症のリスクや治療効果を予想し,それに基づいた個別化医療を行うことが可能となります.個別化医療実現のための環境整備ただし,個別化医療実現のために必要なものは,疾患の自然予後・治療効果に関連する遺伝子の同定だけではありません.まず,多忙な臨床現場において,対象とすあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121651初回治療後の視力改善量(logMAR)0.200.150.100.050.00-0.05-0.10024681012初回治療からの期間(月)VEGF遺伝子rs699946多型:AA型:AG型:GG型図1患者の持つVEGF遺伝子型の違いよって,加齢黄斑変性に対するベバシズマブ硝子体注射後の視力改善効果に差がみられた(文献7より改変)治療開始後12カ月時点での平均視力改善効果を比較すると,VEGF遺伝子の一塩基多型であるrs699946多型がGG型の患者群ではより良好な視力改善が得られており,一方この多型がAA型の患者群では視力改善・維持効果に乏しかった.る遺伝子の型判定をできるだけ簡便な操作で短時間に行うことができるシステムの構築が必要です.自施設ではこの観点から,純国産の技術であるSmartAmp法8)を用いたARMS2遺伝子型判定キットを作製しました.このキットを使えば,わずか1滴の静脈血液から30分ほどの時間で,既存のリアルタイムPCR装置を用いてARMS2遺伝子が「AMDになりやすい型」かそうでないかを判定することができます.自施設では倫理委員会の承認の下,希望する患者に対して実際に外来でARMS2遺伝子の型判定を行っています.そして最後にもうひとつ忘れてならないもとのとして,医師が遺伝医学についての知識を深めると共に,遺伝カウンセリングなどの患者支援体制を整備することがあげられます.患者の遺伝情報を扱っているのだという自覚は,決して失ってはならないものだと考えます.文献1)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20102)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2GenotypeWithBilateralInvolvementofExudativeAge-RelatedMacularDegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20123)SakuradaY,KubotaT,ImasawaMetal:AssociationofLOC387715A69Sgenotypewithvisualprognosisafterphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina30:1616-1621,20104)BesshoH,HondaS,KondoNetal:Theassociationofage-relatedmaculopathysusceptibility2polymorphismswithphenotypeintypicalneovascularage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.MolVis17:977-982,20115)TsuchihashiT,MoriK,Horie-InoueKetal:ComplementfactorHandhigh-temperaturerequirementA-1genotypesandtreatmentresponseofage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology118:93-100,20116)NakataI,YamashiroK,YamadaRetal:Geneticvariantsinpigmentepithelium-derivedfactorinfluenceresponseofpolypoidalchoroidalvasculopathytophotodynamictherapy.Ophthalmology118:1408-1415,20117)NakataI,YamashiroK,NakanishiHetal:VEGFgenepolymorphismandresponsetointravitrealbevacizumabandtripletherapyinage-relatedmaculardegeneration.JpnJOphthalmol55:435-443,20118)MitaniY,LezhavaA,KawaiYetal:RapidSNPdiagnosticsusingasymmetricisothermalamplificationandanewmismatch-suppressiontechnology.NatMethods4:257262,2007■「眼科における個別化医療(オーダーメイド医療)導入の可能性-ゲノム医学が臨床現場にもたらしうるもの-」を読んで■医療の目的は,個人の疾患を予防,治療することでれていなかった.ところが,ヒトゲノム計画が達成さある.本来,個人の特性はおのおの異なるので,それれ,個体の生体反応のかなりの部分が予想され得るよぞれに最適な医療を選択すべきであるが,これまで医うになると,この困難な問題に立ち向かう動きが出て療は疾患中心であり,疾患の原因探索や治療法開発をきた.これがオーダーメード医療である.この概念をすることがおもな目的であった.オーダーメード医療提唱することは簡単であるが,現実化するには多くのを行おうにも,予防効果や治療効果の個人差は,結局問題があった.対象疾患は,希少疾患ではなく一般疾は疾患の帰結を個人ごとに観察するしかなく,現実的患であることが望ましいが,一般疾患は環境からの影には困難であったためである.結果的に,体格,年響も大きく,個別化医療といえるだけの因子を発見す齢,性別,全身状態を超えるきめ細やかな対応はなさることが難しい.また,Huntigton舞踏病のように,1652あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(62)遺伝子診断をすることが可能であっても,予後が悲惨あることに,おそらく早くから気が付いて研究を開始で治療不能なものであれば,オーダーメード医療の現したと推測される.実際,その通りに,遺伝子診断,実的対象にはなりえない.少なくとも,オーダーメー効果的薬物の開発が進み,今回の栄光に到達したのでド医療を行うことで,恩恵を受けるグループが存在すある.この大事業をなしとげた実行力を賞賛するととる必要があるのである.そのなかで,眼科領域の加齢もに,この疾患を選択した慧眼に深く敬意を表さざる黄斑変性についてオーダーメード医療が確立されたこを得ない.とは,大変に素晴らしい.京都大学のグループは,本鹿児島大学医学部眼科坂本泰二疾患が持つ特性がオーダーメード医療に最適な疾患で☆☆☆(63)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121653