特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):295.299,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):295.299,2013ImmunePrivilegeoftheEye園田康平*はじめに眼は「免疫学的に特権的な(特別な)部位(immuneprivilegedsite)」とされる.内外のストレスに対し,眼は炎症反応が起こりにくい機構を備えている.Immuneprivilegeは,通常の免疫炎症反応が起こってはかえって組織障害・機能障害が強くなるような脆弱な臓器で,その機能を守るために存在する「生理機構」と捉えることができる.眼の他にも脳,精巣などがimmuneprivilegedsiteといわれる.眼のimmuneprivilegeは,永く解剖学的血液-眼バリアによる受動的なものと考えられてきた.しかし,近年は「いくつかの要因により能動的に形成されたもの」と理解されている1).たとえば眼房水は,transforminggrowthfactor-b(TGF-b),a-melanocyte-stimulatinghormone(a-MSH),calcitoningene-relatedpeptide(CGRP)などの免疫抑制性の液性因子を含む2).また,角膜内皮,虹彩色素上皮細胞には恒常的にFasリガンドが存在し,Fas陽性の炎症細胞にアポトーシスを誘導する3).虹彩色素上皮細胞・網膜色素上皮細胞はそれぞれ異なるメカニズムで炎症性リンパ球の活性を抑制する4,5).また,角膜内皮細胞はGITRL(glucocorticoidinducedtumornecrosisfactorreceptorfamily-relatedproteinligand)を介して抑制型Tリンパ球を誘導する6).さらにこうした眼局所機構に加えて,前房関連免疫偏位(anteriorchamberassociatedimmunedeviation:ACAID)といわれる全身免疫寛容(トレランス)機序が存在する.本稿では,眼のimmuneprivilege,特に全身の免疫寛容についての研究成果を紹介する.I眼球関連免疫偏位について眼球に関連した全身免疫寛容としてStreileinらによって前房関連免疫偏位が提唱・確立された7).前房関連免疫偏位は前房内抗原に対して全身の炎症反応が抗原特異的に抑制される現象である.前房中に異物が入ると,まず眼固有抗原提示細胞によって末梢リンパ臓器(脾臓,リンパ節など)に運ばれる.ここで眼由来抗原提示細胞はTリンパ球に対し抗原提示細胞として作用するが,抑制型Tリンパ球を優先的に誘導する.全身レベルで炎症反応そのものの質を変えることで,混入異物に対する眼組織ダメージを最小限に抑制する機構である.前房関連免疫偏位が最もわかりやすい臨床モデルが角膜移植である.移植が手技的に成功した場合,ドナー由来の角膜構成成分がレシピエント前房内に遊出する.前房内にある骨髄由来抗原提示細胞がそれを捕食し,末梢リンパ臓器でドナー抗原に対する抑制型Tリンパ球を誘導する(ドナー抗原に対する前房関連免疫偏位の成立).抑制型Tリンパ球は本来起こるはずの拒絶反応を逆に抑制するため,角膜移植は強力な全身免疫抑制を行わずとも長期生着が可能となる.一方,眼球に関連した免疫偏位は特に前房にはこだわらないと考えるのが自然である.前房と硝子体は細胞成分が少なく光が透過するためにきわめて透明性が高いと*KoheiSonoda:山口大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕園田康平:〒755-8505宇部市南小串1-1-1山口大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)295いう共通の特徴があり,似たような仕組みが備わっていることが容易に想像できる.Jiangらはアロ抗原を用いた実験系で,硝子体による免疫偏位の存在を報告した8,9).筆者らも可溶性抗原においても同様に免疫偏位が誘導されることを確認し,硝子体腔関連免疫偏位(vitreouscavityassociatedimmunedeviation:VCAID)として報告した10).網膜下に抗原を注入しても,同様の硝子体腔関連免疫偏位前房関連免疫偏位ヒアロサイト脾臓(末梢リンパ臓器)で抑制型Tリンパ球誘導図1眼球関連免疫偏位のメカニズム眼球に存在する異物抗原に対して,免疫寛容が誘導される.異物抗原は眼球固有の抗原提示細胞に捕食され,抗原提示細胞ごと末梢リンパ臓器である脾臓に移動する.脾臓では眼球固有の抗原提示細胞の作用により,抗原特異的抑制型Tリンパ球が優先的に誘導される.前房に局在する抗原提示細胞血流を介して脾臓へ経年変化+炎症さらなる炎症残存硝子体のスポンジ効果で,炎症因子を硝子体腔に貯留→黄斑浮腫等の合併症誘発ぶどう膜炎における硝子体の変化全身免疫偏位を誘導できることも示されている11).前房関連免疫偏位に始まった研究は徐々に眼球全体に拡大され,眼球全体に免疫寛容を誘導する能力が備わっていることから「眼球関連免疫偏位:eyeassociatedimmunedeviation(EyeAID)」というように考えるべきであろう(図1).II眼球関連免疫偏位成立に関与する因子上述のとおり前房関連免疫偏位が存在するおかげで,移植角膜が長期生着する.しかし,手技的に問題のある場合や術前感染症などのハイリスク症例では,強い術後前房炎症によって前房関連免疫偏位機構が阻害される.こうした炎症状態では他臓器移植と同様にドナー角膜に対して拒絶反応が簡単に誘導される.動物実験でも前房中に炎症惹起性のサイトカインであるIL(インターロイキン)-6を注入することで前房関連免疫偏位が停止することが示されている12).既存の前房炎症が角膜移植の成否に密接に関与することを示唆する.近年,ぶどう膜炎患者に対する硝子体手術の適応が拡大している.ぶどう膜炎に伴う硝子体混濁や黄斑浮腫に対しては,ステロイド薬局所治療が基本である.しかし,消炎が図られた後でも(痕跡的に)残った硝子体混濁や,図2炎症眼における硝子体正常眼よりも硝子体は早く変性する.残存硝子体はタンポナーデ効果を失っているのみならず,スポンジ効果で液性炎症因子を眼内にため込み,ぶどう膜炎遷延化の原因となる可能性がある.296あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(10)眼内炎症性液性因子によって慢性的にもたらされていると考えられる遷延性黄斑浮腫に対しては,いたずらに薬物治療を強化するよりは思い切って硝子体手術に踏み切るほうが賢明である.術後硝子体混濁除去によって視認性が高まるのと同時に,房水のクリアランスが向上するため炎症性液性因子が貯留しにくい眼球構造になり,黄斑浮腫の遷延化を軽減できる可能性が高い(図2).一方で術中網膜裂孔などが形成されると,通常よりも高頻度に増殖硝子体網膜症などの重篤な合併症を起こす危険性も指摘されている.筆者らは術前に存在する炎症によって硝子体腔における眼のimmuneprivilegeが失われている可能性を考えて動物実験を行った10).眼内炎症モデルとしては,IRBP(interphotoreceptorretinoidbindingprotein)で誘導されるマウス実験的自己免疫性ぶどう膜炎を用いた.このぶどう膜炎の経過は詳しく解析されており,炎症は抗原注射後10.16日で最高の強さになるものの以後は自然におさまり,28日後にはほぼ平常状態に戻る.さらに,この方法は眼球に直接触れずに,硝子体に炎症を起こすことができるので,眼球操作によるアーチファクトを排除できる.眼内炎症を起こした状態で抗原として卵アルブミンを硝子体腔に注入すると,炎症が最も強い10.16日目は抗原特異的制御性Tリンパ球を誘導できなかった.一方,炎1,000IL-6*1,000IL-8症が軽度である3日目,7日目,28日目には抗原特異的制御性Tリンパ球を誘導することができた.この結果は,術前炎症眼においては自己炎症制御機構が麻痺しているため,硝子体手術の合併症が起こりやすいことを示唆する.IIIぶどう膜炎とimmuneprivilegeぶどう膜炎(内眼炎)の原因は,自己免疫疾患など全身疾患に合併するものや,細菌・ウイルス・寄生虫感染によるものなどさまざまである.他の部位の炎症と同様,眼局所でのサイトカイン・ケモカイン発現はぶどう膜炎発症に深く関与している.しかし現在のところ,どのようにこれらサイトカイン・ケモカインがネットワークを形成し実際のぶどう膜炎成立にかかわるのか不明な点が多い.実験動物レベルでは急性期炎症やぶどう膜炎発症機序が論じられることが多い.しかし,実際医療機関を受診する患者で,本当に新鮮な眼炎症があることはむしろまれである.ぶどう膜炎は慢性疾患であり幾度も眼炎症発作を繰り返し,慢性的に眼炎症が持続することにより初期の炎症は修飾され,独特の臨床像を呈する.眼発作を繰り返すBehcet病,治療抵抗性の遷延型原田病などが臨床的に問題になる.上記の理由で筆者らは急性期ぶどう膜炎ではなく,上*4,000MCP-1*pg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/mlpg/ml5005002,00000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群0対照群ぶどう膜炎群IFN-gIL-2TNF-a200200200pg/mlpg/ml100100100NDNDNDNDNDND000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群IL-12IL-4VEGF200200200100100100NDNDNDND000対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群対照群ぶどう膜炎群図3慢性期ぶどう膜炎硝子体液での液性因子遷延化ぶどう膜炎群(21例)とコントロール群(黄斑円孔または黄斑上膜,58例)の比較.硝子体手術で得られた検体における液性因子濃度をルミネクスRを用いて測定した.ND:notdetectable(検出できず).(11)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013297記慢性期炎症にフォーカスをあてた.硝子体腔は前房と比較して眼内液の房水によるターンオーバーが遅い.また,硝子体が存在するため,起炎症分子をトラップし,眼炎症慢性化病態に関与する可能性を考えた.ゆえに慢性期ぶどう膜炎で硝子体手術を行った硝子体液の解析を行った.コントロール群は他に合併症のない黄斑円孔,黄斑上膜とした.手術開始時に硝子体液を採取し,採取した硝子体液を蛍光マイクロビーズアレイシステム(ルミネクスR)を用いて液性因子の濃度を多症例同時測定した13).スクリーニング項目はサイトカイン:11因子(IL-1b,IL-2,IL-4,IL-5,IL-6,IL-10,IL-12,IL-13,IL-15,IFN-g,TNF-a),ケモカイン:7因子(IL-8,eotaxin,IP-10,MCP-1,MIP-1a,MIP-1b,RANTES),増殖因子:5因子(EGF,VEGF,bFGF,G-CSF,GMCSF),計23因子を同時解析した.その結果,当初当然上昇すると考えていたTNF-a,IFN-g,IL-2,IL-4といったリンパ球に作用するサイトカインはほとんど検出されない一方で,IL-6,IL-8,MCP-1といった好中球,マクロファージに作用するサイトカイン・ケモカインの上昇を認めた(図3).また,上述のマウス硝子体腔関連免疫偏位誘導実験において,事前にIL-6の硝子体内注入をすることで抗原特異的制御性Tリンパ球誘導が阻害された10).以上の結果から,ぶどう膜炎患者においてGFP遺伝子導入マウスは,液性因子の観点からも眼のimmuneprivilege機構が破綻していることが裏付けられた.IV抗原提示細胞と眼球関連免疫偏位前房関連免疫偏位においては,抗原を前房内で認識する抗原提示細胞が重要である.前房の抗原提示細胞は,前房中の免疫抑制性サイトカインにより,あらかじめ性質が炎症抑制型に変換されている.これが抗原を認識した状態で抗原血流を介して脾臓へ到達し,抗原特異的な抑制型Tリンパ球を誘導することにより,全身の細胞性免疫が抑制される7).硝子体腔関連免疫変異の場合も,抗原を直接硝子体内に投与する代わりに,あらかじめ抗原に曝露させたマクロファージを硝子体内に投与しておいて,抑制型Tリンパ球の誘導を調べると,抗原を硝子体に入れないにもかかわらず誘導が可能であった10).硝子体腔関連免疫変異も抗原提示細胞を介したもので,かつ抗原提示細胞が正常硝子体環境下に曝露され炎症抑制型に変換される必要があることがわかる.前述のように,硝子体腔注入抗原に対する抑制型Tリンパ球の誘導には,硝子体腔で抗原提示細胞が抗原を認識する必要がある.硝子体腔での抗原提示細胞の候補としては,全身循環をしている血管内のマクロファージなどまたは硝子体内に固有に存在する細胞などが考えら骨髄キメラマウス図4骨髄キメラマウス左:GreenFluorescentProtein(GFP)遺伝子導入マウス.体全体が緑蛍光を発する.右:正常マウスに致死量放射線を照射した後に,GFP遺伝子導入マウス由来の骨髄細胞を移植してキメラマウスを作製する.頭部は眼内放射線障害を予防するためにシールドしているのでもとの黒色毛が残っている.骨髄はすべてGFP遺伝子導入マウス由来のものに置き換わるため,骨髄由来細胞の動向を観察するのに優れたシステムである.298あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(12)れる.そこで,骨髄キメラマウスに抗原を投与した際の,硝子体の細胞の動向を調べた.骨髄キメラマウスは通常のマウスに致死量放射線を照射した後に,GreenFluorescentProtein(GFP)遺伝子導入マウス由来の骨髄細胞を移植して作製する(図4).キメラマウスにおいては以後骨髄由来血球がすべてGFP陽性の緑蛍光を発するため,硝子体腔内に骨髄由来細胞が混入すればGFPをマーカーにして同定することが可能である.キメラマウスにおいては,抗原を硝子体内に投与しても,硝子体腔内に骨髄由来細胞が入ることはなかった7).また,網膜色素上皮細胞や網膜のグリア細胞が硝子体内に流入していく所見もなかった.このことから,硝子体内の抗原認識は硝子体内の固有の細胞により行われている可能性が高い.硝子体内の固有の細胞は広義のヒアロサイトであり,硝子体腔関連免疫偏位における抗原認識および抗原提示を担う細胞候補としてヒアロサイトが考えられた.おわりに眼のimmuneprivilegeは眼の恒常性維持に大きく関与している機構である.眼球関連免疫偏位はさまざまな臨床的意味合いをもつ.眼炎症を見たときに,単に眼局所の要因のみでなく,全身レベルで眼球関連免疫偏位が正常に働けないため眼炎症が起こっている可能性を考える必要がある.文献1)StreileinJW:Immunoregulatorymechanismoftheeye.ProgRetinEyeRes18:357-370,19992)StreileinJW:Immuneprivilegeastheresultoflocaltissuebarriersandimmunosuppressivemicroenvironments.CurrOpinImmunol5:428-432,19933)GriffithTS,BrunnerT,FletcherSMetal:Fasligandinducedapoptosisasamechanismofimmuneprivilege.Science270:1189-1192,19954)SugitaS,StreileinJW:IrispigmentepitheliumexpressingCD86(B7-2)directlysuppressesTcellactivationinvitroviabindingtocytotoxicTlymphocyte-associatedantigen4.JExpMed198:161-171,20035)SugitaS,NgTF,LucasPJetal:B7+irispigmentepitheliuminduceCD8+Tregulatorycells;bothsuppressCTLA-4+Tcells.JImmunol176:118-127,20066)HoriJ,TaniguchiH,WangMetal:GITRligand-mediatedlocalexpansionofregulatoryTcellsandimmuneprivilegeofcornealallografts.InvestOphthalmolVisSci51:6556-6565,20107)StreileinJW:Ocularimmuneprivilege:therapeuticopportunitiesfromanexperimentofnature.NatRevImmunol3:879-889,20038)JiangLQ,JorqueraM,StreileinJW:Subretinalspaceandvitreouscavityasimmunologicallyprivilegedsitesforretinalallografts.InvestOphthalmolVisSci34:3347-3354,19939)JiangLQ,StreileinJW:Immuneprivilegeextendedtoallogeneictumorcellsinthevitreouscavity.InvestOphthalmolVisSci32:224-228,199110)SonodaKH,SakamotoT,QiaoHetal:Theanalysisofsystemictoleranceelicitedbyantigeninoculationintothevitreouscavity:vitreouscavity-associatedimmunedeviation.Immunology116:390-399,200511)WenkelH,StreileinJW:Analysisofimmunedeviationelicitedbyantigensinjectedintothesubretinalspace.InvestOphthalmolVisSci39:1823-1834,199812)OhtaK,YamagamiS,TaylorAWetal:IL-6antagonizesTGF-betaandabolishesimmuneprivilegeineyeswithendotoxin-induceduveitis.InvestOphthalmolVisSci41:2591-2599,200013)YoshimuraT,SonodaKH,OhguroNetal:InvolvementofTh17cellsandtheeffectofanti-IL-6therapyinautoimmuneuveitis.Rheumatology48:347-354,2009(13)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013299