あたらしい眼科Vol.28,No.9,201113010910-1810/11/\100/頁/JCOPY電子カルテは無料になるのか本章では,電子カルテのIT化とその展望と課題について,事例を踏まえて紹介します.医療のIT化を知るには,インターネットの情報革命の潮流を知ることが重要です.その潮流の延長に,医療のIT化の姿がみえてきます.電子カルテは無料になるのか,その背景から紹介します.IT技術の進化に伴って,われわれはさまざまなソフトを低価格で利用できるようになりました.われわれが日常使うメーリングリスト(以下,ML)を例にあげます.このサービスは1990年代に登場しましたが,当初は有料のサービスでした.無料で利用できるようになったのは1997年のことですので,まだ15年経っていません.今では無料MLは常識ですが,当時は画期的でした.ホームページも同じです.今では,時間さえかければ無料で制作できます.mixiやFacebookに代表される,ソーシャルネットワーキングサービス(以下,SNS)も同様です.私が有志と運営するMVC-onlineという,医師限定インターネット会議室は,SNSを技術基盤にしています.6年前の開設当初,このSNSというソフトは1,000万円ほどする非常に高価なソフトでした.今では,SNSもインターネット上から情報を集めて無料で制作できます.5年経てば,価格が崩壊するのがソフトの歴史です.その理由として,ソフトのコードがインターネット上でオープン化されることと,今後はクラウドコンピューティング化が拡大することがあげられます.電子カルテというのは,ファイリングソフトを応用したものにすぎません.低価格化を導く素地が十分にあります.近い将来,あの頃の電子カルテは高かったね,と振り返る時代が必ずきます.総務省は2010年5月,光ファイバー回線やクラウドコンピューティングを駆使して,日本の次の成長戦略を考える「光の道」構想を打ち出しました.今後,インターネットは,電力や上下水道,公共交通機関や金融システムなどと同様に,社会基盤の一つになります.ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏はインターネットにアクセスする権利(情報アクセス権)を,自由権,参政権,社会権に並ぶ基本的人権の一つである,とまで述べています.また,孫氏は「光の道」構想のなかで,国費を投入することなく国内の全世帯のメタル回線を光ファイバーに置き換え,電子教科書や電子医療などを普及させる,とアピールしています1).現在のIT技術を用いれば,膨大な容量の患者情報をインターネット上でストックし,共有することができます.電子カルテだけでなく,レセプトコンピュータに代表される会計ソフトもインターネット上で共有することができます.つまり,クラウドコンピューティングという新しいインターネットサービスを通じて,電子カルテや会計ソフトは購入するものではなく,レンタルするものになります.孫正義氏の構想が実現すれば,パソコンとネット接続ツールさえあれば,電子カルテを常に最新の状態で利用することができます.さらに,複数の医療機関が共同でカルテ情報を共有し,地域の病診連携や診診連携を行うことも可能です.日本という狭い国土での医療に特化したグループウェアの開発は,日本型医療クラウドを進化・発展させるでしょう.このシステムを構築した成果物は海外への輸出すら可能である,と孫氏は説きます2).カルテ情報は誰のもの?近年,医療情報を扱ううえで重要な行政の指針が二つ公布されました.2009年3月に厚生労働省が「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第4版」を,2010年12月に総務省が「ASP・SaaS事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン」を公布しました.従来は電子化されたカルテ情報は,医療機関内に保存されることが定められていました.つまり,サーバーを医療機関内に設置する必要がありました.しかし,この省令により,電子カルテの情報の保(81)インターネットの眼科応用第32章医療のIT化で可能になること②─電子カルテの進化─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1302あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011存・管理をシステム会社に委託することが可能になりました.大きな転換点です.従来の医療情報は,患者-医師-医療機関の3者で共有していましたが,これからは,患者-医師-医療機関-システム事業者の4者で共有することになります.医療機関のメリットは膨大な情報量の管理を専門家に委託することができます.震災などの不測の事態にも対応可能です.もし,医療機関が損壊・焼失したとしても患者情報は残ります.また,医療機関はクラウドコンピューティングサービスを利用することで,システムに関わる費用を格段に減らすことができます.医療クラウドの問題点は以前も紹介しましたが,技術的な課題と,責任所在の課題に集約されます.先述した厚生労働省からの通達では,技術的な課題には,「暗号化を行う」,「情報を分散管理する」方法を提示し,これらを推奨しています.アクセス障害などの技術的な課題は,さまざまな方策を重ねるなかで解決されていくでしょう.ただ,万が一,大量の患者情報が漏洩した場合や消失した場合,誰が責任を取るのでしょう.医療クラウドにおいて,患者-医師-医療機関-システム事業者の4者のうち,カルテ情報の管理責任はどこにあって,そもそも,その所有者は誰なのでしょう.2010年2月に公布された,厚生労働省のガイドライン4.1版には,「現在の技術を十分に活用しかつ注意深く運用すれば,ネットワークを通じて,診療録等を医療機関等の外部に保存することが可能である.診療録等の外部保存を受託する事業者が,真正性を確保し,安全管理を適切に行うことにより,外部保存を委託する医療機関等の経費削減やセキュリティ上の運用が容易になる可能性がある.(中略)従って,ネットワークを経由して診療録等を電子媒体によって外部機関に保存する場合は,安全管理に関して医療機関が主体的に責任を負い,適切に推進することが求められる.」とあります.また,診療録情報を管理する外部機関には,経済産業省や総務省が定めたガイドラインを遵守する必要があります.そのガイドラインにおいても,医療機関が責任の主体者であることが確認されており,責任の分担については,「契約書で明文化すること」と簡単にまとめられています3,4).まとめると,万が一システムの障害があって,カルテ情報の漏洩や消失があった場合の責任の主体者は,システム会社ではなく医療機関にある,ということです.これは,行政の指針で明らかです.ただ,責任範囲を契約書で明文化するにあたって,医療機関側はすべてのリス(82)クを背負うことにならないよう,細心の注意が必要です.では,医療クラウドが普及した世の中において,カルテの所有者は患者,医師,医療機関,システム会社の4者のうち誰になるでしょう.先に,情報アクセス権を基本的人権の一つとする考えを紹介しました.自分自身の健康情報にアクセスする要求も高まるでしょう.インターネットの潮流から考えると,診療録情報の所有者は医療機関から患者自身へと移行します.患者は,自分自身の健康情報を自分でもつ権利を得る代わりに,その情報をシステム会社に預けていることへの覚悟が求められます.当然ながら,システム会社は非常に重要な情報を管理していることを認識し,技術的にも倫理的にも高いレベルのサービスを要求されます.中国の医療事情を参考までにご紹介します.患者と病院との信頼関係が成り立ちにくい事情,同姓同名の多さが重なり合って,診療録情報は患者自身が紙媒体で管理することが通例です.他施設に行くには,紹介状ではなく,個人で所有しているカルテそのものを持参します.患者がカルテを所有する,という医療環境は,医療のIT化が進んだ状態と奇妙にも一致して興味深く感じられます.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://www.ustream.tv/recorded/68802772)http://www.ustream.tv/recorded/106507663)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第4.1.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/s0202-4.html4)ASP・SaaS事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン.http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_01000009.html